INTERVIEW
2005-06-23
飲食店専門求人誌『グルメキャリー』が東京で初の飲食店をプロデュース!
飲食店専門求人誌『グルメキャリー』が東京で初の飲食店をプロデュース!
人材の募集から、人材の紹介から、「人」に注目した
店舗のプロデュースを進める株式会社ジェイオフィス東京
『グルメキャリー』での人材の獲得、獲得した人材のもっている潜在的な力を出せるように働く場を紹介する「ジャスキル」、人材の持つ魅力、考えを存分に生かした店づくり、業態変更をサポートする「ネオサポート」。この3つの部署を持つジェイオフィス。魚屋から居酒屋へと業態変更した「深川山憲」は、オープンから好評を博している。人材を中心に考えた業態変更が今後増えるであろうことを予期させる。『グルメキャリー』発行人の岡崎氏と昨年10月にフードスコープ取締役事業部長から店舗プロデューサーとしてジェイオフィス東京に入った浜倉氏に直撃インタビューした。
■飲食業界の人材不足に目をつけ、東京へ進出
編集部: この仕事に就かれた理由とは。 岡崎氏: これから、“飲食業界は人材を集めることに困ってくるだろう”という気持ちがありました。入社は1994年なのですが、当時発行していた「グルメキャリー」はまだ100ページぐらいでした。そのうち半分はラウンジの募集などという状態でした(笑い)。 編集部: 「この分野は、伸びそうだ」という気持ちがあったのですか。 岡崎氏: それまで大阪では、飲食店はリクルートや学生援護会のアルバイトの求人雑誌で正社員を探すしかなかったのです。リクルートや学生援護会と同じことをしても勝てない。そこで、「飲食店」と、「人材」のベストマッチということをテーマに、人材を募集し、店舗に紹介していきました。当時、東京ではグローバル・ダイニングさんが、若手の店長や女性店長などを生み出していた時代でしたので、チェーン店で自分の能力を持て余していた人たちが夢を持つようになり、転職を考え始めた頃だったのでしょう。入社後2年目の96年ぐらいから事業的にプラスに転じてきました。 編集部: それから、東へ事業を拡大していきましたね。岡崎さんは東京進出の旗頭に? 岡崎氏: まずは大阪、京都あたりで足場を固めました。けれども、同じコンセプトでやっている企業が東京になかったので。コンセプトは大阪時代と変えずに、そのノウハウを持って一人で東京に来ました。スタッフもこちらで集めました。東京版の創刊前ですから、大阪版の「グルメキャリー」を持って、「こんなものが出来上がるのですが」と営業にまわっていました。すると「とにかく早く作って欲しい」というニーズが驚くほど多かったのです。関西の時代からお付き合いがある方にも支援していただき、7万部を発行することになりました。 ■採用企業と人材の「ベストマッチ」がテーマ 編集部: 人材紹介の「ジャスキル」に登録される方はどのような方が多いのでしょうか。 岡崎氏: この本を読んでいても、なかなか決まらない方は、こちらに登録していただきます。登録は無料です。店舗への紹介料は1.3ヶ月です。 編集部: 紹介先には何ヶ月はいなければ、返金するなどのシステムは? 岡崎氏: 返金システムはありません。その代わり、面接と採用に時間をかけます。まずは取引先の会社がどんな人材を必要としているかを徹底的にヒヤリングします。その上で、登録されている方の経歴や目的を聞き、またその方が潜在的に持っているキャリアや仕事に対する目的、を考えながら、もう一度本を見ながら就職先を選びます。採用に関しては、本部と現場で、必要としている人材が違うという会社もありますから、本部面接、現場面接、試食会などに参加していただきます。また、私たちは第三者として、その会社のメリットや発展途上の部分を伝えるので、間違いがありません。とくに、店長、接客のトップ、ソムリエ、料理長などは、転職すると給料が下がってしまうというケースが多かったり、募集の年齢制限に引っかかってしまうことが多いのですが、専門特化した即戦力の人材はベストマッチングします。 編集部: 飲食業界は売り手市場なのでしょうか? 岡崎氏: 慢性的な人材不足であることはたしかです。ですから、企業側にも、年齢制限を変えたり、35歳以上の人でも、能力を持った人がいるということを伝え、年齢制限にこだわらいようにアドバイスさせていただいております。 編集部: 外国人の募集などについてはいかがでしょうか。 岡崎氏: 今後、アジア系の人材が増えてくるでしょう。ですから、今考えているのは韓国業態のお店です。 編集部: それはプロデュースを行うということですよね。 岡崎氏: はい。でも、それは浜倉がいなければやっていないことでした。 ■人材を生かした業態変更が必要
編集部: 岡崎さんと出会うまでのいきさつを教えてください 浜倉氏 高校生のときに知り合った飲食店経営の方に気に入られ、卒業後、そのまま就職しました。そこでは業態再生の仕事をずっとやってきました。そこでは、「業態再生とは、ぶれた主軸を戻すことにある」と学びました。 その後、「ちゃんと。」さん(株式会社ちゃんと)が創作料理ブームの旗手としてちょうど出てきて、大阪の飲食も勢力が変わりました。私は、伸び盛りの「ちゃんと」にお世話になることになりました。 編集部: それはいつ頃ですか。 浜倉氏: 今から9年ぐらい前だと思います。「ちゃんと」が横浜にちょうど店を出すぐらいの頃です。だんだん「ちゃんと」がめまぐるしく出店をしはじめて、創作料理ではなくなってきた頃、私は、東京に出張でよくきていました。東京は売上高もビジネス的にも違うことに興味を持ち、東京で独立しよう、と上京しました。そのときに、「今井屋」の今井さん(株式会社フードスコープ代表取締役)にあったのです。素材で売るというのは、当時 今井屋さんぐらいしかなかった。次に来るものが素材であるという着目点はよかったのですが、人を集めるとか、注目させるというセンスが弱かった。それで、一緒にブランディングをしていくときに、求人誌が必要ということになり、『グルメキャリー』さんに早く東京に出てきて欲しい、と。まだ当時大阪にいた岡崎さんを呼んだのです。 岡崎氏: ほかのところからもオファーは来ていたのですが、東京進出を早められるほどのニーズがあるということで、出てきたのです。 浜倉氏: “時代的にも変革期で、少子化にもなってきている、チェーン店もマックスになっている。となると、業態変更が増えてくるだろう。業態変更を表面的にではなく、人材から行かないと、カチッとしたものにするものはできないだろう”という思いから、昨年の10月、ジェイオフィスに移りました。東京ではこれからアジア人も増えてきます。また、少子化の影響も出てきます。中国や韓国の人が、蕎麦屋で働くよりも、自国の文化を伝えられる店の環境を整えたり、あるいは、少子化の影響もありますが、若い人、同年代よりも、年配の人が元気に働ける店に業態変更するなど、行き詰っている方々に新しい環境をつくるべきときじゃないかという思いから、意味ある業態再生に取り組んでいます。
編集部: どういった経緯で「深川山憲」をプロデュースすることに? 岡崎氏: 根本のアイデアというのが先方にありました。大阪に魚屋から飲食店に業態変更したという店があって、そこをモデルに東京でやってみたい、ということでした。 浜倉氏: 魚屋さんは、場所はあるのですが、店の跡を継ぐ人がいない。また、ある程度年齢がいってしまっているため、再就職も難しい。「今の魚屋には元気がない人が多いだろう?」というクライアントさんの考えもあり、飲食店への業態変更で魚屋さんを元気にしていこうというところから始まりました。魚を仕入れていたという目利きとしての経験がありますし、年齢がいっていることで逆に味が出せるという利点がありますし、お店のある深川という場所は、古い店とチェーン店しかないというのもねらい目でした。 岡崎氏: 人と素材をを生かした業態変更というのがポイントです。 編集部: 「深川山憲」の業績は? 岡崎氏: おかげさまで、月商1200万円目標を上回りそうです。25坪(77席)ですから、坪売上げ50万円は行きそうです。 編集部: 今後のご計画は。 岡崎氏: 先ほどもお話しましたが、8月に韓国料理のお店をオープンする予定です。また、山憲の2号店というか、商店街の魚屋の業態変更も計画しています。それらの売り上げにもよりますが、いずれは、直営店などを持つことも視野に入れています。 ■ 株式会社ジェイオフィス東京
■ 店舗情報
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