INTERVIEW
2005-08-18
「カジュアルダイニング」にこだわる!
「カジュアルダイニング」にこだわる!
恵比寿の新店「SAYANG」に見る「カーディナス」出身者の”遺伝子”
シルバージュエリーショップ「THE KISS」を展開する株式会社東京トレーディングは7月29日、東京・恵比寿に「SAYANG(サヤン)」コリアンダイニングinアジアンリゾートをオープンさせた。店名の「sayang」はインドネシア語で「愛しい」という意味を表す。バリのリゾートホテルを思わせる空間の中で、フレンチとコリアンのシェフが一体となって考案した、同店ならではの韓国料理が楽しめるカジュアルダイニングとなっている。同店の多田出昇氏と神原将博氏は、ともに「カーディナス」出身。あえて「カジュアルダイニング」にこだわるという二人に「SAYANG」で実現したいこと、そして今後のヴィジョンをお聞きした。
■カーディナスを辞め、新店プロジェクトに
編集部: 多田出さんは、「カーディナス」からこちらに移られたそうですね。これまでのご経歴をお教えいただけますか。 多田出氏: 飲食業界に入ったのは遅くて、27歳の時なんです。グローバルダイニングの「モンスーンカフェ代官山店」でアルバイトをした程度でした。その当時、代官山のオープニング店長を務めていたのがフミさん(中村文裕氏)でした。その後、フミさんがグローバルを辞め、自分の店を出したと聞いて、手伝いに行ったりしていたのですが、「カーディナスシノワ」がオープンした2000年2月、正式に「フミーズグリル」で働くことになったんです。ここではシェフにおこられながら、本当に一から「サービスとは何か」を学びましたね。 編集部: 2000年は9月に「カーディナスチャコールグリル」がオープンし、カーディナスグループが勢いを増していた時期ですね。 多田出氏: 「チャコールグリル」では3代目の店長を二年半務めました。その時、シェフを務めていたのが現在「SAYANG」で料理長を務めている神原なんです。その後、店長から営業部長になり、グループの13店舗を統括する業務に携わるようになりましたが、2005年1月に、退社することになりました。 編集部: この「SAYANG」のプロジェクトに参加することになったのですね。 多田出氏: 以前から自分の店を持ちたい、1つの店を立ち上げてみたいと考えていたのですが、「SAYANG」のオーナー企業、東京トレーディングの李成在社長に出会ったことで辞める決心が付きました。カーディナスでは約5年間過ごしましたが、そもそも私はレストランが好きで、この仕事を続けてきたのです。飲食業界で働いている人を大きく二つに分けるとするならば、金儲けを目指している人とレストランが好きで働いている人に分けられると思いますが、私は明らかに後者です。競争やおいかけっこはあまり好きになれないタイプの人間なのでしょうね。しかし、カーディナスグループの店舗数が増えるに連れ、徐々に自分のスタンスと自分の仕事にギャップを感じざるを得なくなってきたのです。 ■タンガ料理長の神原氏とともに業態開発 編集部: 神原さんはどのような経緯で「SAYANG」にいらっしゃったのでしょうか。
多田出氏: カーディナスを辞めた後、当時、マサさん(長坂将志氏)がオープンさせた「レストラン タンガ」で料理長をしていた神原に声をかけたところ、幸い彼がこのプロジェクトに興味を示してくれたため、「SAYANG」の業態開発のはじめの時期からともに関わることになりました。 編集部: 神原さんにとっては大きな決断ではなかったのですか。 神原氏: 「この方向ではないな」と感じていた時に話をいただき、このプロジェクトに関わらせていただきました。 編集部: メニューは神原さんがおつくりになったそうですね。 神原氏: 私はフレンチ、カリフォルニア料理を経験してきましたが、韓国料理はまったく初めての経験でした。しかし、韓国人の調理スタッフとともにメニューを開発していく中で、和食でも西洋料理でもない韓国料理ならではのダシのとり方、シンプルな調理法、野菜を豊富に使うなど、学ぶところが少なくありませんでした。フレンチとカリフォルニア料理のエッセンスを付け加えながらプレゼンテーションを考えた結果、オリジナルな韓国料理メニューが表現できたと思っていますよ。ただし、決して創作料理の類ではありませんので(笑)。 編集部: メニューの並びなど、何かカリフォルニア料理店のものに似ているような気がしました。カーディナスでの経験はここでも生かされているのでしょうか。 多田出氏: 今の自分をここまで育ててくれたのは間違いなくカーディナスです。カーディナスで学んださまざまなことがらが体に染み付いていますからね。だからこそ、あえてカーディナスの看板を消す必要はないと考えていますよ。 ■二人が掲げるヴィジョン
編集部: 客単価は6000円ということですから、価格的にもカーディナスと近いと言えそうですね。 多田出氏: 以前、私がカーディナスの店舗で経験したことなのですが、お客様に「この単価で、よくここまでおいしい料理を出しているね」とお声をかけていただいたことがあるんです。私はいま、この経験を追い求めて仕事をしているかもしれません。つまり、テクニックは必要ですが「SAYANG」料理は高級な食材を使えばそれなりにおいしくなるのは当前です。だからこそ、特別な食材を使わなくても、料理の技術とサービスで、カジュアルな価格に抑えながらお客様に気持ちよく、おいしい料理を味わっていただけるレストランをやりたいんです。これこそが客単価が6000円程度のカジュアルラインのレストランの醍醐味だと思うのです。カジュアルダイニングにはとても思い入れがありますね。なんといっても私自身、心地よい空間だと思いますから。サヤンでもサービスチャージなしで、お客様に料理とサービスを楽しんでいただきたくスタンスは崩したくないと考えています。 編集部: では、先ほどのおっしゃっていたお二人の掲げるヴィジョンをお教えいただけますか。 多田出氏: 今は、オープンしたばかりのこの「SAYANG」に多くのお客様にご来店いただいて、楽しんでいただくことを何よりの課題にしています。ただ、将来的には、20席たらずの小さな店をつくりたいなと考えています。これで大きく利益が出せるとは考えていませんが、自分たちが食べていけるぐらいの利益があればいいんです。あくまで、私は、レストランをやりたいんですよ。 神原氏: 店をサロンとして用い、そこから料理とサービスを家庭に提供できれば面白いなと考えています。お店の機能が家庭に入っていくというコンセプトですね。店は商売をする場所というよりも、あくまでアンテナショップというとらえ方です。からだにいい素材をお店はもちろん、家庭で提供していきたい。そんなヴィジョンを描いています。また、私はいま人材育成に大変興味を持っています。というのも料理人という仕事を考えた時、いまはレストランで働くことしか頭に浮かばないのが現状だと思います。しかし、メニュー開発はもちろん、福祉や介護の分野も考えれば料理人が活躍できる場は決して狭くないのです。こんな考え方を広げられたらいいなと考えています。 編集部: 現在、多田出さんは33歳、神原さんは32歳です。世代的にご自身の世代をどのように思われますか。 多田出氏: 私は飲食店に遅く入りましたが、年齢的にはグローバルから独立して「フルトシ」をオープンさせた古里太志と同年代です。長谷川耕造さんの世代を第一世代と考えれば、フミさんたちが二代目、その次の私たちが第三世代と言えるかもしえれません。30代前半の第三世代が新しいレストランカルチャーを創造できればいいですね。
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