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【カリスマシェフの系譜(5)】ワインバーの革命児!銀座「クロ・ド・ミャン」オーナーシェフソムリエ・宮永久嗣氏
“ミャンのいる場所”「Clos de Miam(クロ・ド・ミャン)」を目指し、大阪からも常連客が訪れる。そうここは、大阪・北新地に本店を構える人気ワインバーの東京・銀座店。食い意地と葛藤しつつ大きな黒板メニューと対峙する時間、リストはなく身振り手振りで好みのワインをオーダーする苦労…。ざっくばらんな雰囲気でありながら、食べることに受身でいては決して越えられないハードルがある。だからここへ来ると“大阪”を感じる。そんな筆者もまたファンの一人。飄々とした風貌とは裏腹に愛嬌ある関西弁で“ミャン”こと宮永氏は語ってくれた(文・撮影 吉田 ゆり)
【プロフィール】
宮永 久嗣(みやなが ひさつぐ)
1967年 福岡県博多生まれ。大阪あべの辻調理師専門学校修了後、辻調理師専門学校フランス校で料理を学ぶ。帰国後、神戸の高級フレンチ「ジャン・ムーラン」で修行を積む。1992年、24歳の若さで大阪・心斎橋「アンジェロ・パラクッキ」のマネージャー兼ソムリエに抜擢され5年間兼任。1997年株式会社グローバル直営ワインバー「ジャン・ルイ・ド・パリ」のシェフ兼ソムリエに就任。1999年大阪・北新地にワインバー「クロ・ド・ミャン」を開店、2003年同店の2号店を東京・銀座に開店。個人経営で東京進出した初のワインバーとして注目される。
グランメゾンからスタートした豊かな経歴
“鍵っ子”だった幼少時代、物心ついた時から料理をしていたという宮永氏。ホワイトデーには手作りクッキーをプレゼントする小粋な少年だった。
高校卒業後、大阪あべの辻調理師専門学校本科で学んだ後、同フランス校へ半年間留学。ここで同期だった銀座「マルディグラ」の和知シェフとは今でも交友がある。
帰国後、「まずは一流の店を経験しろ」と紹介された修行先は、関西フランス料理界をリードしていた神戸の名店「ジャン・ムーラン」(2001年2月閉店)だった。
今や“伝説のシェフ”となった美木 剛氏がオーナーを務めるここは、客単価一人2万円以上、カード払い不可という高飛車な店。それでも連日予約が絶えず、クリスマスになると50席が2回転したというからバブルを象徴していた。
まだ10代だった氏は、内装・料理・サービスともに超一流のこの店で、業界の厳しさを叩き込まれる。バブルだったこの頃に手取りはわずか7万円。だが厨房とホールをローテーションで任され、次第にサービスの面白さに目覚めていった。
当時世間は“イタメシブーム”の絶頂期。
株式会社大丸が、イタリア一つ星「アンジェロ・パラクッキ」日本店の開業に向け準備室を設立していた。
ソムリエ資格取得を機にサービスを究めようと決意した氏は、恩師の紹介で同店の立ち上げメンバーに加わる。そして若干24歳にしてソムリエ兼マネージャーに抜擢された。
同店のシェフを務めた小塚 博行氏について宮永氏は、
「今までに見たことがない豪快な人でした。厨房の中でやりたい放題(笑)。でも24歳だった僕にもやりたいことをなんでもやらせてくれました。だから今の自分があると思っています」
と、師匠との思い出を振り返る。
店は話題を呼び大盛況。始発で出勤し終電で帰宅する毎日、最初の一ヶ月で10キロも痩せたという。それでも5年間ひた走り続けるが、ついに体調を崩し退職することになる。
その後、ワイン輸入商社直営のワインバー、大阪・本町「ジャン・ルイ・ド・パリ」のオープンと同時にシェフ兼ソムリエとして働く。
「この頃ガッツリ食べられ、リーデルのグラスで飲めるワインバーは希少でした。オープン当初は、地下だしどうせ暇だろうと高をくくってました。のんびりやるつもりが…(笑)」。
そんな期待もむなしく、これまた繁盛店となる。
いよいよ独立 北新地・銀座という街
名店を渡り歩いた多才な宮永氏にとって、“独立”とはごく自然の流れだったようだ。
「北新地はミナミとは違う大人の街。でも銀座ともまた違う。強いて言うなら“銀座7丁目”に2万軒が集まっているような感じかな」
北新地店のある「永楽町通り」は、当時、北新地の“エアポケット”とともいえる場所。クラシックなワインバーしかなかったこの界隈を「クロ・ド・ミャン」が変えたと言っても過言ではない。
だからと言って、“老舗ワインバー激戦区”である銀座で、東京進出を果たすことに戸惑いはなかったのだろうか。
「銀座にこだわっていた訳ではなく、物件の選択肢が圧倒的に多かったからです。雑居ビルの2階なのに専用階段があるのが気に入り、この物件に決めました」
コリドー街から外堀通りに抜ける静かな一画。花屋の脇に佇むエントランス、扉を開ければ2階へと続く専用階段が現れる。
逸る気持ちを抑えつつ上る階段の先には、カウンター席を主体にオープンキッチンの活気に満ちた店内が待ち受けている。
面白いことに9名のスタッフが、2週間毎に北新地店と銀座店を入れ替わる。
「任せるより自分で行った方が早いという単純な理由です」
スタッフはみんな東京に興味があるのだと。
「大阪に支店を出しても所詮同じ店になっていたと思います。でも東京には築地があります」
築地での仕入れが「クロ・ド・ミャン」をさらに進化させた。
料理コンセプトとメニュー
銀座店はパスタも提供しているが基本はフレンチを意識。一方、北新地店はフレンチのニュアンスを持ったイタリアンがコンセプト。
野菜は有機野菜専門の仲買「築地 御厨(みくりや)」、広島の100%無農薬農家「山本ファミリー農園」から仕入れる。
銀座店では焼き野菜に燻製香をつけたオイルをかけるなど、さらに野菜料理にアプローチした。
こちらは、春が旬となる紀州・那智勝浦マグロを使った「マグロとカジキマグロのタルタル生ハム風味」(2,500円)。
脂の乗ったマグロと燻製カジキマグロの二大共演。フルーツトマトのみずみずしいコンソメジュレが融けた瞬間、爽快な余韻が広がる春の逸品。
旬のマグロを提供する、築地トップのマグロ専門仲卸「石宮」より仕入れた高級マグロを使用している。
下図は岩手県・花巻のレストラン「Boo」木村シェフより仕入れた白金豚の、
「定番!白金豚の肩バラ・足・耳のカイエット」(2,400円)。
豚バラ肉の塩漬け、耳、足、フォアグラ、じゃが芋、スパイスを網脂で巻いたこちらは1日2個の限定メニュー。肉を3〜4日間熟成させた乳酸発酵による酸味、肉汁、ゼラチン、スパイスをギュッと閉じ込めて、フランス・ストウブ社の鍋で加熱。フタの裏側の突起が旨味を含んだ蒸気を循環させ、柔らかくジューシーに仕上がるのだという。
試行錯誤の末生まれた氏の自信作だ。
オープン当初から仕入れるナポリ“サルバトーレ・コルソ”の「モッツァレラとルッコラのサラダ」
「帆立とアンコウの肝、白葱のソース」
ミャンマジック炸裂だ。
ソースの一滴まで残したくない!
そんな方「特大フォカッチャ」があるのでご安心あれ。カゴのフタではない。
この店の名物料理を生みだす鍋“ル・クルーゼ”や“ストウブ”へのこだわりについて聞いてみた。
「狭い店では炭火焼きは難しい。フライパンは何個も使えないし、一人一皿作るのも大変。“調理”、“ソース”から“取り分け”まですべて一つで完結できるのがこの鍋料理というわけです」
初めて来店した際に“大阪的合理性”と言おうか、この潔さに衝撃を覚えたものだ。
またこの店にはワインリストがない。
「リストを出してしまうと値段から見てしまうでしょ。ワインとの新たな出会いを提供したいのであえてリストは置きません」
ワインのストックはフランス産に固執せずイタリア、スペイン、オーストラリア産など常により良いものを捜し求めている。著名なワインも置いているが、あくまで“お守り”なのだと。
「何度か通っていただいて好みのワインをみつけてほしい。“飲み手”、“食べ手”として高いモチベーションがないと楽しめないお店かもしれません」
と語る宮永氏を訪ね、北新地店の常連客は銀座店にも足を運んでくれるという。
「大阪とまた違うミャンが見られる」のだそう。
お客の期待を一身に受ける氏が目指すのは“一生現場”。
宮永さんの将来の夢は?の質問に、
「もっともっと小さな、1日1組のお店をやることです」
宮永氏のシェフズ・テーブルだなんて想像するだけで楽しくなる。
その時は、お土産に“手作りクッキー”をお願いしたいものです。
北新地クロドミャン
大阪市北区曽根崎新地1丁目6-28 北新地ビル1F
TEL 06-6456-0250
営業時間 18:00〜2:00(L.O.)
日休
銀座クロドミャン
東京都中央区銀座7-3-13 ニューギンザビル
TEL 03-5568-4777
営業時間 18:00〜24:00(L.O.)
日休
【お知らせ】
クロ・ド・ミャンでは業務拡大につき料理、サービスの人材を求めております。
詳しくはカシェット<求人ニュース>をご覧下さい。
〜 筆者プロフィール 〜
吉田 ゆり
特集記事担当ライター
(社)日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート
大阪生まれ。大阪・京都を食べ歩き燃え上がった“食人魂(しょくにんだましい)”は、数年前東京に移り住みさらにヒートアップ。ワインの守護神「サン・ヴァンサン」と誕生日が同じことから、本人は化身であると信じて疑わず、“布教活動”と称し一人で食べ歩く日々を送る。目標一日3軒。
好評!「恵比寿時々中目黒ところにより港区」でブロガーデビュー。
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