編集長のつぶやき
ビール業界は本当に変わるのか?

ビール5社による“初の共同イベント”「ビアフェス2007」が5月24日から27日まで六本木ヒルズを“ジャック”して開催された。主催者側によると、予想外の大盛況だったという。
日頃はシェア争いに明け暮れているビールメーカーがこのイベント期間中だけは、“相乗り”でビール需要の喚起につとめた。会場内には6ヶ所合計1,000席以上の“ビールテーマパーク”が出現、音楽ライブやアクロバットパフォーマンスも繰り出した。2日目は一日中雨にたたられたにもかかわらず、予想集客数14,000人のおよそ2倍の観客動員に成功したらしい。おそらく、5月のこの時期にゴールデンウィークならぬ“ビールデンウィーク”と銘打った合同イベント「ビアフェス」は毎年の恒例行事として定着するに違いない。
このイベントを機に、今後ビール業界も競争路線から協調路線に変わるのだろうかと思っていたら、折りしも5月30日付「日経MJ」紙の一面トップに“ビール営業、体力勝負に限界―協賛金より繁盛店醸造”という記事が踊った。業界ではすでに知られていたことだが、サッポロビールはいち早く飲食店開業支援を武器に取引先開拓を続ける“特殊部隊”「フードビジネスサポートグループ」を結成、多くの成果を上げてきている。一方、キリンビールの営業開発の“特殊工作員”島田新一氏は特異のキャラクターを活かし、飲食ベンチャーの発掘、出店サポート、テナントミックス等のプロデュースを行なってきた。
このほか、記事にはなっていないが、サントリーのグルメ事業部や別会社のミュープランニング&オペレーターズ、別働隊のHBI、アサヒビールのフルハウスなど、飲食店支援のコンサルティング特殊部隊は古くから存在する。こうした存在は文字通り、“特殊”な存在だけにこれまであまり表には出なかった。それを堂々と他社との差別化のノウハウとして“カミングアウト”したのがサッポロビールの「FBS(フードビジネスサポート)」である。彼らはノウハウを無料で提供するが、“モチはモチ屋”の鉄則を守り、外部のコンサルタント、設計施工会社、デザイン、販促PR会社など、専門業者とコラボレートするかたちで支援業務を進めている。この手法もこれまでになかったことだ。
これまで、飲食店、酒販店、ビール会社の関係には、自由競争の名の下に“協賛金競争”があった。飲食店が新店を開店する際に、ビール会社が“開店協力金”を提供する。最近は、それが酒販店を経由するため見えにくくなっているが、この慣例は消えない。飲食店側もカンフル剤と知りながら“開店協力金”の額でビール会社を選ぶという悪しき文化も残っている。この構造が野放図に許されれば、飲食店は出店拡大を収益拡大のために自己目的化してしまう。まさにビールの泡のようなこの慣習こそ、業界が協調して断ち切るときに来ているのかもしれない。「きれいごとを言うな!」とバッシングされそうだが、誰かが声に出さなければいけないのだろう。それがメディアの役割である。
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【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。
「最大公約数」から「最少公倍数」的発想へ

先週のメルマガ「編集前記」に書いたレインズインターナショナル「温野菜」の記事が話題を呼んだようだ。「同ブランドのチェーン展開」を批判したわけではないのだが…
私はレインズが展開している「温野菜」の新メニュー“二色鍋”を評価し、“和の火鍋”として新業態化してもおかしくないということが言いたかった。FC展開を前提としたチェーン店の商品(メニュー)をあまりに高度化、複雑化するのはジーにとって負担が大きすぎるし、本部の思い込み、新しい押し付け販売ではないかと思ったのだ。FCチェーン展開が悪いわけではないし、ましてや上場企業においては株価を維持するためにはハイスピードな出店拡大が求められるのは仕方がない。
その後、ある人にこう言われた。「最近上場したゼットンやダイヤモンドダイニングさんの株価が低迷しているのは単一ブランド、マルチブランドにこだわるあまり、展開に限界があるからだ。投資家にとっては急速なチェーン展開ができるビジネスモデルでないとリスクが大きい」と。“単一ブランドのチェーン展開”と“マルチブランドの多店舗展開”のどちらがリスクがあるか。この議論は、これからの飲食店経営の戦略を考える上で、重要なテーマになるだろう。上場を視野に入れている企業にとっては特に大きな問題だ。
その議論をする上で欠かせない前提は、マーケッティングである。折りしも数々のTV番組やヒット曲の仕掛け人である作詞家の秋元康さんの話を聞く機会があった。彼の話のポイントは、今の時代は“最大公約数”的発想は意味がなくなった。これからは“最小公倍数”的アプローチでないとヒットは作れない、ということ。TVで言えば、ゴールデンタイムに万人にウケるような番組はもう作れないという。なぜならば、いまや家族が揃ってその時間にTVを観る時代ではない。個々がバラバラな生活スタイルを送っているからで、その個々の関心に“ササる”企画こそが求められていると言うのである。最初は3人にウケる企画でいい。それがクチコミで6人になり12人になり36人になり…と最少公倍数的に増えていけばいい。
まさに、今の飲食マーケットもこうした“最少公倍数”的な仕掛けが求められているのではないか。誰もが満足するような“最大公約数”的な業態、メニューをつくり、単一ブランドでチェーン展開することのほうが、リスクが高いかもしれないことを示唆している。しかし企業の収益極大化を目指すためにはチェーン展開、多店舗展開は必要だ。では、業態を陳腐化させないでチェーン展開を図る方法はないのか?これまでのFC展開の矛盾と限界を“止揚”できるような解決法はないか?それが今こそ問われている。
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【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。
「社長ブログ」のススメ

これからの飲食店づくりで重要なことは何だろうか?最近、よく質問されるテーマである。コンセプト?料理?サービス?さて……
そんな質問に対して、私はこう答えるようにしている。それは、「コンセプトよりも“社長の想い”を伝えることですよ」。あるいは、「“オーナーの個性”を叩き込むことです」と。実はこれ、“ウケウリ”である。「社長の想い」説は、某ビールメーカーの方と話していて相手から聞いた言葉。そして、「オーナーの個性」説は、オペレーションファクトリーの笠島明裕社長が私のインタビューに応えた際に吐いたセリフである。いずれにしても、飲食店は“個”を競う時代。他店との差別化を明確にするには、オーナーなり社長の顔が見えて来ないといけない。
オーナー側からすれば、それは妥協を許さないことである。全人格をかけた戦いである。しかし、名作の歴史小説がそうであるように、天下を取らんとする戦国時代の大将や武士は、そのビジョン、キャラクターが際立っている。戦国時代のいまの飲食業界においても、トップがどんな想いで店をつくり、何を個性として売りにしているのか、そして客にどんなことを訴えようと考えているのか、そうしたフィロソフィーがいま最も問われているのではないだろうか?チェーン店が元気ないのは、オーナーの顔が見えず、個性がなく、ただそこに箱と看板があるだけで、料理にもスタッフのサービスにも“色”がないからである。
その意味で、私は「社長ブログ」をチェックすることが習いになっている。トップ自身がすべての店に立つことはできないが、ブログを通してその思いや個性を伝えることは可能だからだ。フードスタジアムのヘッドラインニュースを書く場合でも、最後にホームページだけでなく、社長ブログがあればそれを必ず紹介するようにしている。いま最も注目しているのは“飲食第二世代”のリーダー、ダイヤモンドダイニング・松村厚久社長の「銀座のフード・ファンタジスタ」だが、株式公開企業のトップでここまで日常の言動を曝け出したブログを私は他に知らない。坂本龍馬よろしく土佐出身の彼は“業界維新”を仕掛ける日々を送る。
フットワークの凄さにおいては、エイチワイジャパン・安田久社長の「一攫千金塾」である。昨日は金沢、今日は鹿児島と、“地方の虎”の異名をいかんなく発揮している。業界のトレンドを知るには、かつて私と一緒に雑誌『ARIgATT』を創刊した際コーポレーション・中島武社長の「流行飲食業・中島武公式ブログ」である。業界を動かすキーマンの固有名詞がポンポン飛び出し、“業界第一世代”リーダー中島武氏が“フィクサー”としていかに業界に影響力をもっているか、それが垣間見える。こうした業界有名人に限らず、我こそは“飲食の星”を目指さんとするトップは「社長ブログ」を発信することを強く奨めたい。飲食店検索サイトに広告を打つのとは違って、タダで始めることができるのだから。
【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。
“次世代デザイナー”はどこにいる?

先週のつぶやきで“飲食第3世代”について触れたが、経営者たちが世代交代すると同時に、店舗デザイナーの世界も“新世代”が台頭し始めている。
昨日、連休明けの銀座「ベルビア館」(三井不動産)と「新丸ビル」(三菱地所)の様子を見てきた。「ベルビア館」が苦戦しているのに対し、「新丸ビル」はビジネスマンやカップルで賑わっていた。「ベルビア館」はフロアコンセプト、MDの点で私は高評価したのだが、三井不動産側のPR不足なのか、新丸ビルオープンと重なった間の悪さなのか、水曜日とはいえ21時前後で約3〜4割の集客というのはあまりに厳しすぎる。リーシングサイドの思い込みが強すぎたのだろうか、コンセプト重視のあまり、ブランドと商品の“いいとこ取り”になってしまった感がある。集客しだいでフロアに活気は演出できるが、オープンしたばかりというのに、オーナーが店に立っていない。わずか「アヒル」「喜よし」が気を吐いていたぐらいか。
その点、新丸ビルはアナーキーだが、飲食店本来の個店の空気感をそのまま持ち込み、結果として“活きた街”を再現することができた。とくに5階は何度行っても独特の匂いを放つ。立ち飲み「再生酒場」の先にクールな「AWキッチン」があったりする。5階はなんと店舗日商平均70万円という。“地所の夜の社員食堂”と揶揄され賛否両論の7階「丸の内ハウス」は55万円。ただ「ソバキチ」は20坪で100万円、新川さんの「リゴレット」は150万円売る日もあるという。ちょっとした“シンマルバブル”だが、やはり飲食店は個性、アイデンティティ、その店のもつ独自の空気感が集客のポイントになるということか。
その空気感を醸し出すのはオーナーの個性、シェフの想い、スタッフのホスピタリティなどのソフト力とデザイナーのハード力とのミックス。新丸ビルでは「AWキッチン」がスワンズアイディー・小山トシオ氏、「リゴレット」がグローバルダイニング出身のスイート・佐野岳士氏 共に突き抜けたいい仕事をしている。「酢重ダイニング」はミュープランニングだが、数年前のダイニングスタイルの成功体験から抜け出ておらず、せっかくのオーナーのコンテンツを引き出せていない。そういえば、いまや“死語”に近くなった「デザイナーズ・レストラン」。大きなトレンドだっただけに、その頂点で仕事をした大御所たちは東京レストランシーンの先導役となったが、半面彼らに仕事が集中した結果、“デザイナーズバブル”の崩壊も早かった。
そして、いま新しいセンスと才能をもった“新世代デザイナー”たちが台頭し始めた。それは経営者、シェフの世代交代と軌を一にしている。ダイヤモンドダイニングの成長と共に活躍場を増やしているカームデザイン・金澤拓也氏、佐野氏と同様グローバル出身のアッタ・戸井田晃英氏、立ち飲みブームを仕掛けたガタイパーソナルスペースデザイン・萩本雅泰氏、味噌汁バーをブレイクさせ新宿に独立開業者向け図書館を運営する鬼才、スタジオナガレ・横井貴広氏など、次々に新鋭が登場してきた。彼らがこれからのレストランシーンをどう変えていくのか楽しみだ。
【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』編集者を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より「週刊フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。
「なかめのてっぺん」と“飲食第3世代”

「てっぺん」元副社長の内山正宏さんが久々に店に立つというので、連休の谷間、彼の経営する「なかめのてっぺん」を覗いてきた。
「なかめのてっぺん」は昨年9月9日にオープンしてから順調に来ているようで、地元の常連客や同業者、業界関係者が通う店として定着している。内山さんはこの店を店長の平野敬さんに委ね、自らは京都でプロデュースし運営を任されてる「むげん」(烏丸店、寺町店)のほうに打ち込んでいる。そして京都への引越しも決まり、けじめとして5月1日と2日、感謝の気持ちを込めて自らお客さんをもてなしたいとカウンターに立ったのだろう。その心根がわかったので、私は迷わず予約を入れた。もちろんカウンター席を指定させてもらった。
私がカウンターに座るなり、内山氏は「久々で緊張しますね」と声をかけてきた。炭を扱う手さばきが職人然としている。黙々と仕事をしながらも、視線は客席の先々に注がれる。2004年1月、私がプロモーションを担当した自由ヶ丘「てっぺん」(1号店)を大嶋啓介氏とともに立ち上げ、成功に導いた。その後の「てっぺん」と大嶋氏は私の期待する方向とはまったく別の道を進んだ。店の現場に立ち、食材を選び、料理をつくる。目の前で客と接する。その原点に立ち返り、誰よりも早く独立したのが他ならぬ内山さんだった。
今年に入って、内山さんは「幸せの力カンパニー」という会社を設立。法人化を機に店舗展開も視野に入れ、京都を拠点に「むげん」運営と東京2号店出店に向けて動き出した。大嶋氏とは「お互い株式を10%ずつ持ち合って協力していこうということになっています」とのことだが、内山氏の元には京都、東京あわせて20名近い社員が集まった。さらに彼の周りには、30歳前後の若手経営者たちも集まっている。現場主義、調理技術、モチベーションよりもマネジメントとしての朝礼、本質を忘れない接客など、“内山イズム”を慕って人が集まるのだ。
私が「なかめのてっぺん」を訪ねたとき、カウンターの隣の席には、ロードサイドでステーキ&ハンバーグ店を展開するエムグラントフードサービスの井戸実社長(29歳)と千葉で居酒屋を展開する一家ダイニングプロジェクトの武長太郎社長(30歳)がいた。二人とも私と同じ動機で内山さんがカウンターに立つ姿を見に来ていた。この二人、5月10日にフードリンクの“セミナー祭り”で講演するという。このセミナーでゼットン・稲本健一社長と対談するダイヤモンドダイニング社長の松村厚久さんは、最近会うと必ず私にこう聞く。「次の世代の経営者で注目しているのは誰ですか?」。
私は、稲本さんやここ急成長をとげた松村さんたちの40代前後の世代を“飲食第2世代”と呼んでいる。“第1世代”は言うまでもなくグローバルダイニングの長谷川耕造さんや際コーポレーションの中島武さんたち。このつぶやきでもかつて私は「“第3世代”のリーダーたちの顔がまだ見えない」と書いたが、そろそろおぼろげながら姿を現しはじめたのかもしれない。内山さん(33歳)や彼の周辺にいる30歳前後の若手たちがその一つの塊になる日が来るのだろうか。
【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』編集者を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より「週刊フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。




