編集長のつぶやき

【VOICE FROM EDITOR】2006-01-31

2005年の「食空間」をふり返る

2005年の「食空間」をふり返る

もう12月。初旬には表参道駅地下街「echika(エチカ)」がオープン、東京メトロもJR東日本グループに対抗して本格的に都心型飲食空間づくりに参入する。

また、日本橋の三井タワーにはマンダリンオリエンタルホテルがお目見えする。品川「ecute」、丸の内「TOKIA」、銀座・三井ガーデンホテル「SKY」に続き、東京の「食の社交場」を演出するシーンはますます面白くなってきた。2005年はまた、「立ち飲み」「スペインバル」「ジンギスカン」といったカジュアルスタイルの店が急増、総括して言えば「コミュニティ」「ソサイエティ」を演出する食空間が当たった一年だったのではないか。

さて、2006年はどんな年になるのだろうか。経済、社会背景としては、株価の上昇と金利の上昇が予測され、景気回復に伴って個人消費をリードする飲食ビジネスはさらに追い風を受けることになるだろう。しかし、業界としては全体が潤うというのではなく、より顧客主義に立ったコンセプトを展開でき、感性高度型消費志向に対応できるセンスとホスピタリティを発揮できるところが集中勝ちする時代が幕開けするのではないだろうか。供給側の論理、経営優先の論理にこだわる旧世代発想は時代に取り残される。いわば「感性演出の時代」の到来。ポイントは演出家としてのプロデュースと経営(資本)の役割分化だろう。

ところで12月を前に、いったんこのフードスタジアムの発信を休むことにしました。先週、1日のアクセスが7000PVを突破、業界関係者からの反響の声も増えてきて嬉しい限りなのですが、それ故にまたビジネスモデルとしての構築が追いつかず、ここでいったん休止して、来年2006年の初旬に新しい形で再出発を期すことにしました。飲食業界も著しい進化を遂げており、マーケットをリードする主役たちの顔ぶれも変化しています。それと同様に、メディアの世界も世紀的な変化、進化の過程にあり、WEBメディアの位置づけもまさにこの1、2年で全くこれまでと違ったものになると思われます。弊社もその来たるべき変化に適応して勝ち残れるメディアとしてのWEBマガジンを再構築します。2006年、新しい発信スタイルで再会したいと存じます。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-30

神楽坂がなぜ注目されるのか?

神楽坂がなぜ注目されるのか?

日米首脳会談が京都で開催されているが、小泉首相も最近の「京都ブーム」にあやかったのだろうか。東京における「京都」といえば神楽坂である。

「お茶屋」「石畳」「町屋造り」といった京都情緒を髣髴させる町並み、そこにフランス人の生活文化が折り重なり、独特の「神楽坂カルチャー」なるものが生まれている。路地を東に西に歩くと、袋小路に料亭を改造した和食店がある。その近くにはギャラリーを改造したフランス人経営者のビストロが…といった光景も珍しくないのである。その神楽坂では、いま飲食店の開店がラッシュを迎えている。

「神楽坂らしくない」と評されながらも、毘沙門天前に堂々と登場したのは全面ガラス張りの5階建て飲食店ビルの「樂山ビル」。お茶の老舗「樂山」が開発した物件。1階には「樂山」が入り、2階はカレーうどんの古奈屋が「カレー物語・古奈屋」を出店する。3階には近く和食店「積み木」がオープン、4階、5階はイタリアン、フレンチが入る計画だ。このビルが新しい神楽坂のランドマークになるかどうか、それはこの4、5階のテナントの顔ぶれ次第か。しかし、やはり神楽坂の魅力は、その裏手の路地に群生するワインバーや隠れ家和食、フレンチ、ビストロたちだろう。「どこからこんな物件が出てくるのだろう」とビックリするような店が続々と生まれている。

新しいところは、今週の特集「UP FRONT」で取り上げたので参考にしていただきたい。立ち飲み、ジンギスカンといったトレンド便乗店舗も登場し、いま神楽坂は「古き良き文化」と「新しいカルチャー」、そして「不動産開発の波」が混在している。もともと商店街や地元のコミュニティの結束が強いと言われているが、その中にも古さを守ろうとする力と新しいものを積極的に吸収しようとする力が拮抗しているようだ。エリアで言えば、大久保通りを境に「上」と「下」では街の空気も通りの顔も違う。新規開発や出店が進む「下」に比べ、住宅街を背景にもつ「上」は最近、街づくりへの取り組みが急だ。飲食店の数も「下」に比べれば過少だ。近く開店するギャラリーとワインと和食の店「HAP」も「上」の路地に生まれる。神楽坂マーケットが今後、どんな変化を遂げていくか、興味深いところである。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-29

丸の内「TOKIA」の読み方

丸の内「TOKIA」の読み方

『週刊新潮』の「TOWN」欄から、東京ビル「TOKIA」についてコメントを求められたので、「関西系の立ち飲み屋やお好み焼き、串揚げ屋などをリーシングしたのは丸ビルでかっこいいことをやり過ぎて外したので、その真逆をやったのでは。三菱地所の一種の危機意識の表れではないか」と答えたら、その通り書かれた。

しかし、レセプションを覗いてみて考え方を変えた。「三菱地所が東京のレストランシーンを動かす飲食プロデューサーたちに真っ白なキャンバスを用意して自由な絵を描かせたのだ」と。丸ビルのときは地所側がプライド剥き出しで、とにかく「日本初、東京初ブランド」にこだわっていて力が入りすぎていたが、「TOKIA」は肩の力が抜けたところがむしろかっこいいと思う。

さて、気になった店を取り上げてみたい。1番は1階のPCM。キリンの社員でありながら六本木ハートランドを仕掛け大成功を収めた島田新一氏が、そのセンスと野心を大いに発揮したスノッヴな店だ。スタンディングで飲めるテラススペースからは東京国際フォーラムのモダン建築が望める。欧米ではミクソロジストが提供するラグジュアリーカクテルとして定着しているスーパープレミアムウォッカを大胆に提案している。六本木に続き、この店は外国人の溜り場になることは間違いないだろう。2番は地下1階の「かのやきよし」。東京には「地方の名産」をウリにしたショップや飲食店は数々あるが、この店はきわめて今様のプレゼンスタイルだ。立ち飲みだが、地元鹿屋市でとれる野菜や豚、魚などの旬の素材、豊富な焼酎、そしてスタッフまで鹿屋市からそのまま運んできた。その土の臭いがいい。仕掛け人は大阪のバルニバービ、佐藤裕久氏。市長との交遊が出店に結びついた。

3番目はグラナダの下山雄二氏が手掛けた「BAR de ESPANA MUY」。「一番スペインがやりたかった」下山氏にとって、銀座の「Pero」のヒットは立ち飲み・バルブームが追い風になったとはいえ、大いに自信につながったに違いない。今回の「MUY」は立ち上げまでにじっくり時間があった。ようやく彼らしい個性を叩き込めた店に仕上がった。あとは、出店のタイムリーさと話題性から言ってヒットコンテンツになること必至なのは「VIRON」「野の葡萄」「ベルジアン ビア・カフェ アントワープ セントラル」あたりだろう。「コットンクラブ」は誰が通うのだろうか、客の顔が見えなかった。ただ、全体的に言って、出店ハードルの高さがあるとはいえ、東京の街場で活躍している無名のオーナーやプロデューサーたちが参戦できる間口の広さが欲しかった。期待していた「関西系」各店舗にいまひとつオーラを感じられなかったのは筆者だけだろうか。「関西」へのこだわりが今度は「外れだった」という結果にならないことを祈りたい。


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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-28

中目黒らしい二つの小さな店

中目黒らしい二つの小さな店

私は常々、「飲食はクリエーティブだ!」と言い続けているが、最近の新店をリサーチしていると、ますますその考えを強くすることが多い。それは「料理」「空間デザイン」のテクニカルな次元ではなく、まさにオーナーの生きざまや哲学、個性が練りこまれたアンガジュマン(実存)であると言わざるをえないものだ。

日経グループが評価している大嶋啓介氏的な「朝礼」もそうだろうし、石井誠二氏的な「ファミリー主義」もきわめて実存的だ。しかし、創造の現場はスポットライトの浴びないところに潜んでいる。そういった現場に立ちあうと、どんな映画や舞台を観るよりも感動を覚えてしまう。

銀座8丁目の三井ガーデンホテル16階。オープン前のメインダイニング「SKY」のフロアで動き回りながら、「東京初。大人がホテルで遊べるスタイルを創ってみせますよ」と熱く語る古里太志氏。西麻布「フルトシ」、麻布十番「パシフィックカレンツ」でカジュアルダインニングのスタイルを確立、4年ぶりの新店への挑戦である。「街場出身だからこそできる提案」をさまざまなかたちで仕掛けていくという。高級ブランドホテルがひしめく東京マーケットのなかで、パリやニューヨークのデザインホテルでブレイクしているようなラウンジレストランの舞台を創造できるかどうか、業界注目の的である。

ところ変わって目黒川近くの青葉台1丁目。古い住宅街の一角で木造の民家が「青家」というレストランに生まれ変わった。オーナーは世界中を飛び回った元国際線客室乗務員。京都の料亭に生まれた在日三世の彼女は、女性が本当に美しくなる料理を追究して飲食店開業に至った。京都の町家の風情を再現した店で、京野菜、鮮魚、五穀米にこだわった料理を提供する。昼は和カフェ、夜は会員制の和食。ランチには「韓国辛鍋」「自家製カレー」も出る。店を仕切るオーナーの妹の青山有紀店長は「スタッフみんなが自分たちの夢を実現できる店にしたいんです」という。そのためにも、「私たちの出したい料理をほんとうにわかっていただけるお客さまだけに来ていただきたいんです」。店が客を選んで成り立つ、そんな理想を追い続ける。

中目黒駅近くの飲食ビル3階にこじんまりとオープンした炭火焼ホルモン「まんてん」。1階の看板にどこかで目にしたデザインのチラシが架かっていたので訪ねてみた。そのチラシは今般の立ち飲みブームに火を付けた「新宿再生酒場」のそれだった。「まんてん」オーナーの阿部亮氏は、つい最近まで「再生酒場」のチェーン展開の切り込み隊長をしていた人物。同グループの「新宿ホルモン」の元店長だ。自動車のトップセールマンから飲食の世界に飛び込み、「ホルモン」の魅力にとりつかれた。「一人でも多くの方に美味しいホルモンを食べていただき元気になってほしい」と笑顔で語る阿部氏。毎日、芝浦の食肉センターに買い付けにいき、とびっきりの肉を選んで出すスタイル。それは毎日築地に通う板長と同じ感性である。客が感動しないはずがない。


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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-27

歴史は繰り返すと言うが…

歴史は繰り返すと言うが…

専門家によると、今はバブル経済がスタートした1985年と社会状況が酷似しているという。たしかに、中曽根行革で登場したNTT株の民営化で火がついた株のブーム。今は小泉郵政民営化の下で株価が上昇。不動産もファンドやリートを利用した開発ラッシュでマーケットが加熱気味

。また、阪神優勝、漫才(お笑い芸人)ブームなどもそっくりだ。飲食シーンでは、もつ鍋が全国を席巻し、ラムしゃぶも登場した。最近の異常なばかりのジンギスカンブームの過熱はまさにかつてのもつ鍋・ラムしゃぶブームと生き写しだ。今回インタビューした井上盛夫氏率いる関西食集団、ついに登場した島田紳助プロジェクト等、関西旋風は野球ばかりではない。

85年といえば、筆者は某出版社に出向して『マネージャパン』(現SSコミュニケーションズ)の創刊チームにいた。その後メジャーになった株式評論家たちがまだ無名の頃、この雑誌でデビューの仕掛けをつくっていた。そのときの先輩が、後にプレジデント社に戻り『Dancyu』を創刊したY氏。そのY氏は最近、『Pen』の別冊で『Pen Ates』を創刊した。20年前のバブルの頃と比べて、社会状況のみならず、経済、政治状況全般にいえることは、旧来のしがらみや利権に縛られた“守旧派”たちの時代が終わり、IT技術やファンドマネーを武器にした“改革派”が新しい時代のパラダイムを構築し始めたということだ。江戸倒幕から明治維新まで20年かかったように、まさに“平成維新”が仕上げに入ったということでもある。

問題は、明治の権力構造が薩長土肥出身の官僚たちの手によってリードされたように、平成の維新後の権力構造も財務省中心の官僚たちによって掌握されかねない危機が芽生えていることだ。片山さつきは、小泉チルドレンの衣を纏った財務省の“刺客”でなければいいと思っているのは筆者だけではないだろう。道路、郵政、同和、北朝鮮等のタブーを破壊していく小泉政治のエネルギーは維新完遂への最後の直線だが、そのゴールの後が怖いのだ。誰が次の「ニッポン」の絵を描くのだろうか。飲食シーン、筆者はそれを「時代のカルチャーを映す鏡」ととらえている。今回のバブルをうまく「ニューラグジュアリー消費(感性高質志向型消費)」に昇化させていくためには、再び活発な開発が始まった都市での商業空間再構築における飲食シーンの位置づけが重要になってくるであろう。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-26

東京EASTはいま…

東京EASTはいま…

雨の3連休中、事務所から徒歩圏内で行けるCET(セントラルイースト東京)のいくつかのイベント会場をのぞいてきた。

CETとは、「神田、馬喰町、浅草橋、日本橋、大手町、八丁堀…これらのエリアに点在する『空き物件』を利用した、街全体のギャラリー化。そして、この地に可能性を見出すアーティスト、デザイナー、建築家や、伝統を守りつつ暮らしてきた人々が、共同で、薄れつつある街の個性と賑わいを取り戻すための様々な試み」である。国が予算をつけて振興する商店街活性化とはワケが違う。志ある物件オーナーと草の根クリエーターたちのコラボレーションである。

私の歩いた小伝馬町、馬喰町、東日本橋界隈は、まさに2003年問題で取り残された古いオフィスビルがまだたくさんある。その多くは新築のSOHOオフィスビルやデザイナーズマンションに生まれ変わっている。10分も歩くと、そこかしこに賃貸、分譲募集の看板がかかった新築ビルが目につく。古いビルはその谷間で借り手がなくひっそりと佇んでいる。そうした古い空き物件を新進気鋭の建築家たちがコンバージョンし、アーティストやデザイナーなどのクリエーターに貸し出そうというのが、最終的なCETの目的だが、3年目を迎えてようやく世間に認知されたという段階である。こうした草の根カルチャーをスポンサードする不動産ファンドやリートなどが出てくることが望まれるところだ。

これらの古い物件のコンバージョンに成功し、クリエーターたちのオフィスやアトリエ、彼らがたむろするカフェやレストラン、バーなどが増えてくれば、このエリアは3〜5年後に東京一、便利でかっこいい街に生まれ変わっているだろう。道がフラットで自転車移動には最適。日本橋はもちろん、歴史的な建物や老舗店のメッカである浅草、両国(江戸東京博物館)、深川、人形町、成田への玄関である水天宮、個人投資家参入で盛り上がる兜町、立ち飲み文化の発祥地である八丁堀、そして築地や月島もそう遠い距離ではない。今回特集した「三井タワー」周辺が表の日本橋だとすれば、この小伝馬町、馬喰町、東日本橋エリアは「裏日本橋」と呼べる。裏原宿ならぬ「裏日本橋」から新しいカルチャーを発信する日は必ずやってくるだろう。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-25

芸能界、スポーツ界はなぜ飲食を目指すか

芸能界、スポーツ界はなぜ飲食を目指すか

ここにきて、あきらかにスポーツ界や芸能界で活躍しているタレントたちが飲食店を始めるケースが増えている。

その成功例の一つといえるのが、現在「チャンコダイニング若」を10店舗、焼肉「66亭(ロクロクてい)」1店舗を展開する元横綱の花田勝氏である。2003年に六本木に初出店、出だしのペースはきわめてゆっくりとしたものだった。周辺からは「若さんはさすがに余裕があるなぁ」と見られていた。目だった宣伝広告も打たず、取材もほとんど受けなかった。それは、「ちゃんこ鍋をダイニングスタイルで提供する」という業態がともすると気を衒ったと見られかねないし、宣伝して話題になったとしても一時的な流行に終わりかねないと考え、会社側としては口コミを中心にじっくりと育てていく手段を選んだのだのだろう。

結果としては、新宿店のオープンと相前後して巻き起こった「若貴騒動」の報道が、「若」を運営するドリームアークという会社の存在を世間に喧伝し、一躍全国的にこの店が有名になってしまったのである。タレントと飲食店。タレントが話題になれば、飲食店にもそれが波及し、店側が望むのとは別の角度からスポットライトを浴びることになる。今回の「若」への話題集中は幸いにも、「へえ、そんな新しいちゃんこのスタイルがあったの?行ってみたいな」「ぜひフランチャイジーになりたい」といった前向きな反響を呼ぶことができたといえよう。それも六本木店をじっくり仕上げ、業態の完成度を高めていたからプラスに作用したのである。「若」は10月7日の大宮店が10店舗目、年内にあと1店舗出店し、今後2年間で25店舗の展開を計画している。花田氏も企画に関わり、オープンにかぎらず小まめに店に顔を出というから、もう立派な飲食店企業のオーナーである。

他では、まだ個店レベルだが、北海道出身の極楽とんぼの加藤浩次氏が中目黒にジンギスカン「ふじや」を出店して、まずまず繁盛している。彼もよく店に顔を出しているようだ。青山のラ・ポルト地下1階には現役プロゴルファー、片山晋吾氏プロデュースのスポーツカフェ「BIGSEA45」がある。石焼カレーが名物となっており、秘密の扉を開けるとYIPルームのあるユニークな店舗が話題になっている。六本木には夏木マリがプロデュースしたうどん店「つるとんたん」がある。開店当初ぎこちなかったオペレーションもレベルアップし、11月11日には丸の内「東京ビル」に東京2号店を出店する。近く、天現寺には関西芸人の大物、島田紳助氏がお好み焼き店を出す予定だ。

なぜ、このようなタレントプロデュースの店が急増しているのか。それは彼らが自ら様々な店を食べ歩き、「自分ならこんな店を出す」といったクリエーター的視点で飲食店をとらえるようになったからだろう。それだけ、最近の飲食店がアパレルやITベンチャー、さらに不動産ファンドなどの「アウトサイダーたち」の手によって創造的変化を遂げ、まるで映画や音楽、舞台づくりとおなじような魅力的な分野になってきているということでもある。そして、神宮前で「アスリートカフェ」を経営するスカンヂナビアがビジネスモデルとしているような「アスリートたちのリタイア後のビジネス」としての位置づけもある。38歳のキングKAZUが4回目の海外遠征に出るが、美談の裏には旬を過ぎたアスリートたちの痛々しい現実がある。アスリートの第二の人生として飲食店経営へ進む人たちが増えてくるのは間違いあるまい。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-24

三つの「集大成」

三つの「集大成」

グローバルダイニング「タブローズ」元店長からワイズテーブルコーポレーション(金山精三郎社長)に移った平尾健治さんが初仕事として運営を担当することになった六本木「レストラン森本XEX」のレセプションを覗いてきた。

3日連続レセプションとかで、平尾さんは来客のアテンドに3フロア160坪の店内を飛び回っていた。ここは金山氏の原点でもありXEXグループの総本山ともいえる「XEX CLUB HOUSE」をリニューアルした店。アメリカで活躍している森本正治シェフが「ニュヨークスタイルの和」を逆輸入、鉄板焼と寿司を融合させたライブ感あふれる演出をウリにしている。ハウスシェフもタブローズ出身。ワイズテーブルとしては「タブローズ」はもちろん、「ノブ」「ポーターハウス」などと匹敵する話題店に仕上げるつもりだろう。金山氏のレストランビジネスの集大成といえるかもしれない。

所は変わって、恵比寿エリアに個性的な6店舗を集中出店して着実に地盤固めをしているジャパンチキンフードの森山賢治郎さん(37歳)。彼の名前は知らなくとも、「ももたろう」「sacra」「ubcra」「KABTO」といえば、「いつも混んでる安い店」として知らない人はいないだろう。筆者はずっと彼をマークしていて、ときどき顔を合わせてはいたが、これまで一切取材に応じてくれなかった。あきらめていたところに、3億円をかけたアクアレストラン「Luxis」を出したと聞いて覗いてみたら、スタッフが森山さんの名刺をもってきて「社長が取材に応じると言ってます」という。さっそく今回インタビューしたわけだが、常々疑問に思っていた「なぜこんなに安いのか」という問いに、彼はあっさりと「損して得とれですよ」と答えた。どの店にいっても、「今日はかなり飲んだし、6000円はいっただろう」と思って会計すると3000円ちょっとだったりする。その秘密がインタビューで明らかになっています。BSE問題を機にリスクヘッジから多業態戦略を展開し、今回の「Luxis」が集大成だという。来年から「ももたろう」を横に展開していく。舵の切り替えだ。

もう一つの集大成は、12種類の塩を日本酒とともに愉しむ青山「GALALI」、12種類の味噌をウリにした千駄ヶ谷「がらり」の2店舗をもつガラエンタープライス社長の重野和稔さん。際コーポレーションの中島武社長の下で飲食ビジネスを学び独立した。じっくりと2店舗を育て、このたび代官山に「我楽狸 総本山」を出した。ここでは、青山の塩も千駄ヶ谷の味噌も愉しむことができる。総本山という表現を用いているが、いわば重野流の和食居酒屋の集大成である。200種を超える酒の数々。そして、商標登録をした「我楽狸牛」。沖縄県石垣島の身が柔らかい良質な牛肉を一頭買いして提供する。森山さんも重野さんもコツコツと業態に磨きをかけ、これまでの「集大成」を一里塚として、次のステージに進んでいくのだろう

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-23

秋葉原マーケットはどう化ける?

秋葉原マーケットはどう化ける?

三菱地所が開発を進めている丸の内ゾーンの一角「東京ビル」と秋葉原に誕生する「ヨドバシカメラ・マルチメディアAkiba」の飲食テナントの顔ぶれが明らかになった。

11月11日にオープンする「東京ビル」は丸ビルの真逆で、立ち飲みあり、お好み焼きありの「思いっきり肩の力を抜いた」(三菱地所)関西系コテコテ路線を前面に打ち出したリーシングコンセプトとなっている。淀屋橋WESTをプロデュースした澤田充さんがリーシングに関わっており、地所の担当者自らも大阪に何度も足を運んで個性的なテナントを口説いてきた。お好み焼き「きじ」、立ち飲み居酒屋「赤垣屋」などの名店がズラリ。有楽町から国際フォーラムの裏手まで続くガード下と繋がる「ニュー・コテスタイルゾーン」が生まれることになる。

一方、9月16日にオープンする秋葉原の「ヨドバシカメラ・マルチメディアAkiba」の8階には、5軒のカフェと26店のレストランが登場する。多くは駅ビルや百貨店に入っているチェーン店系の店だが、際コーポレーションの「黒長兵衛」やJプロジェクトの「うな匠」「芋蔵BAR GILI」、関西で伸びているイデアの「鶴橋風月」、ベンチャーリンクの「餃々」、そのほかに「しゃぶしゃぶ但馬屋」「そばと酒肴処わらびや」などの個性的な店もある。サンマルクもBB(ブロードバンド)ネットカフェや人気の「鎌倉パスタ」、食べ放題パンの「BAQET」を出店するなど意欲的だ。リーシングを担当したのは、ヨドバシカメラの子会社「ヨドバシ建物」だが、藤沢昭和社長の長男自ら、「ヨドバシカメラ梅田」の経験をもとにテナントを口説きまわったといわれている。

それにしても、東京駅から秋葉原に繋がる「東京EAST」に続々と飲食店が誕生している。神田がいわゆる「純コテ」だとしたら、東京駅周辺(丸の内、八重洲、日本橋)そして秋葉原がこれから「ニュー・コテスタイル」の飲食エリアに生まれ変わりつつあるといえる。秋葉原には“萌えカルチャー”がある。今後、飲食コンテンツが進化し、“東の中目黒”になる可能性があるのではないだろうか。将来、日本橋近辺が“東の恵比寿”化し、秋葉原が中目黒になれば、「東京EAST」はもっと面白くなるのだが…。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-23

飲食「第二世代」のイノベーション

飲食「第二世代」のイノベーション

久々にラヴの貞廣一鑑さんと彼の渋谷「おはし」でお会いした。貞廣さんは同業者や業界人とほとんど会わないという。

そういえば、私も彼の店のオープニングレセプションぐらいで軽く挨拶するていどで、業界の「今」についてじっくりと意見を交換することなどなかった。広島のマハラジャでディスコ経営から飲食ビジネスに進出し、地元で足固めをしてから東京のレストランビジネスステージに“照明の神様”辻村久信デザインの新和食「茶茶」でデビューしたのが2000年の春。ちょうど私が『アリガット!』を創刊した時期と重なったこともあって、創刊号で「取材を受けるのは初めて」と渋るシャイな彼を無理やり口説き倒してインタビューした。

貞廣さんはその後、和カフェブームをつくり、「茶茶」を進化させた居酒屋ラウンジ、古民家ダイニングを次々に成功させた。商業施設や駅ビルにも進出、大手商社やベンチャーキャピタルからの出資も受けて拡大戦略に突き進んだ。しかし、「飲食バブルはいずれ終わる」と予測し、周辺からの出店支援の誘いを振り切って低採算店舗をスクッラプし、内部の組織固めやオペレーション強化に努めた。よくある破綻のパターンはそうしたサプライヤー、ディベロッパー、そしてキャピタルの“甘い誘惑”に乗って急拡大し、人材やオペレーションが追いつかずに行き詰まってしまうケース。彼のクールな目は、そんな危険な落とし穴を事前に察知していた。

そして、“守り”の内部固めも終わって、これからいよいよ“攻め”に転じると話す。イノベーティブでクリエーティブな新業態の展開がまた見られるのだろうか。そういえば、やはりここにきて出店をピタリと止めていたゼットンの稲本健一さんも、そろそろ新規出店へのギアを切るタイミングなのだろうか。“中島シンジケート”のインフルエンシャルマガジンの様相を呈してきた『D』で大いに怪気炎をあげていた。私は、貞廣さん、稲本さんたちの40代前半世代を“飲食第2世代”と呼んでいる。“第1世代”は言うまでもなくグローバルダイニングの長谷川耕造さんや経営再建中のソーホーズ・ホスピタリティ・グループの月川蘇豊さんたち。“第3世代”のリーダーたちの顔がまだ見えない今、“第2世代”の再度の業界イノベーションに期待したい。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-22

「居酒屋甲子園」とは何ぞや?

「居酒屋甲子園」とは何ぞや?

グローバルダイニングの「タブローズ」元店長だった平尾健治さんをインタビューしながら、いろいろなことが頭をよぎった。

平尾さんの上司だったのが、グローバルのナンバーツーで“伝説のサービスマン”といわれた新川義弘氏。今年6月に長谷川耕造氏の下を去り、店長派遣や教育を通じた外食支援をメインとするリンク・ワン常務に転職した。東京レストランマーケットが底流から国際化(アングロサクソンカルチャー化)にシフトしているいまこそ、顧客とイーブンのサービスを哲学とする“新川イズム”が重要になっているにも関わらず、なぜドメスティックで信仰伝道型の日本エル・シー・エー“小林イズム”の傘下に入ってしまったのか。それがどうにも理解できないのだ。

言ってみれば、「情熱系(パッション)」と「冷静系(クール)」とのカルチャーギャップである。そういえば、かぶらやグループ・岡田憲征さんの下を飛び出し、“情熱系居酒屋”「てっぺん」を開店した大嶋啓介さん。自由ヶ丘の1号店までは、私も彼の情熱と野心を面白がって追いかけていたが、リンク・ワンの“伝道師”の顔をもつようになって、ほとんど興味を失ってしまった。その大嶋さんが進めている「居酒屋甲子園」の理念や目的もよく分らない。その甲子園にエントリーするのに5万円を払い、なぜか日本エル・シー・エーの「消費者覆面調査」を受けなければならない。これでは、NPO法人を利用した立派な営利事業ではないか。

「居酒屋甲子園」グループの発足メンバーをみると、たしかに“情熱系飲食ベンチャー”の梁山泊。しかし、中には業態の精度の低さを情熱でカバーしている企業や店舗も少なくない。私はベンチャーたちが好きだから敢えて言うが、彼らのピュアーな情熱や野心が一企業グループの生き残り目的のために利用されていいのか、という疑問である。日本エル・シー・エーグループのリンク・ワンで講師をしていた大嶋さんがやっていることは、“小林イズム”の布教活動の広告塔以外の何ものでもない。どんな立派な教育理念を説こうと、それは「百の説法、屁一つ」である。マーケットもいまや“情熱”ではなく“冷静”を求めているのではないだろうか。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-21

外食業界マネーゲーム狂想曲

外食業界マネーゲーム狂想曲

外食業界にはいま、「資本」という名の妖怪が徘徊を始めた。

ライブドアの堀江貴文氏じゃないが、「いい会社があったら買っちゃえばいいじゃない」といった軽いノリで、何億、何十億というカネが飛び回っている。そして、気がつけば、「えっ、あそこの店はこの前まで、Aの経営だったよね。いまはBの経営なの?」といった会話が業界筋で飛び交う時代になったのだ。これも“ホリエモン効果”なのだろうか。そういえば、ライブドアも飲食業界には関心が深いようで、ドブ川を底から網で掬うように、最近、飲食店分野の某設計・施工会社を買収したといわれている。

驚いたのは、レインズインターナショナル系のアートフードインターナショナルの「デキシーダイナー」が「カーディナス」グループのエーディーエモーションの手に移ったというニュース。カーディナスが代官山店や銀座店あたりから手を広げ過ぎ、恵比寿・西麻布での創業期の良さを失うとともに資金繰り的にも苦しくなり、ソフトバンクインベストメントによる再生が始まったわけだが、業界では「これで会社は残ったけど店はダメだろうな」と囁かれていた。ナンバーツーの長坂将志氏(マサ)が金山精三郎率いるワイズテーブルコーポレーションの支援を得て「タンガ」を開業、若手幹部たちも次々に社を去るなかで、創業者の中村文裕氏(フミ)は孤軍奮闘、既存店の再生と「黒ぶたや」などの新業態立上げで“カーディナス神話”の復活を目指した。

片腕の一人だった片山峻徳氏も戻ってカーディナス1号店だった「カーディナスシノワ」に復帰。今回のデキシー買収。ソフトバンクマネーをバックに、いよいよ守りから攻めに転じるということか。ワイズといえば、最近脱退者が絶えないグローバルダイニングから優秀な人材が流入しているという。グローバルダイニングにとって株式上場は「一将、功成リテ万骨枯ル」だったのだろうか。オセロでいえば、遅れて上場した豪腕・金山氏のしたたかな一手が長谷川耕造氏の隙を突いてグローバルの駒を一気に裏返す日が来るかもしれない。

一方、フランチャイズ業界も凄まじい再編劇が起こっている。元日本フランチャイズ協会会長の黒川孝雄氏率いるFCI(フランチャイズインキュベーション)によるタスコシステムの買収、名古屋の学習塾チェーン「がんばる学園」からスタートしたジー・コミュニケーション(稲吉正樹社長)によるゼクー、平禄の買収。黒川氏と稲吉氏は師弟関係である。この師弟コンビの背後には、フランチャズ業界の錚々たる人脈図がある。黒川氏・稲吉氏は業界刷新派。いまの永田町の政治状況さながらの新旧対決の構図が見てとれるのだ。カーディナス、FCIやジー・コミュニケーションのまさに「オセロゲーム」のようなケースは、これからの“外食業界大再編劇”の狼煙となるのだろうか

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-21

JRグループ初の女性社長の手腕

JRグループ初の女性社長の手腕

また、山手線駅界隈がにぎわしい。「アトレヴィ」が開業したばかりの秋葉原駅には筑波エクスプレス(TX)が開通し、9月16日に巨艦・ヨドバシカメラの8階には30店の飲食店舗がデビューする。

その顔ぶれは現在取材中だが、一足先に10月1日開業の品川“エキナカ”商業施設の「ecute(エキュート)品川」の概要を取材した。注目は2階にお目見えするレストラン3店舗。「女性の“ひとりごはん”」スタイルがウリの「エキナカ業態」である。

久しぶりに、あの「ワノフ」佐藤由美子さんが銀座店を臨時休業してまで力を注いだ「ワノフ品川」。港南口で「アロマクラシカ」を運営し、麻布に本店「アロマフレスカ」を復活させたばかりの原田慎次さんの「カフェクラシカ」、そして「インドの5ツ星ホテルの完成された味」南青山の「シターラ」の3店。銀座「ワノフクラブ」を出したばかりの佐藤さんと広尾で鮮烈なデビューを果たした「アロマフレスカ」の原田さんは、『アリガット』が取材拒否の両社を口説いて初めて雑誌に登場させた思い出がある。この2人が「エキナカ」とは……。

正直、「エキナカ」と聞いて、私はちょっと軽く見ていた。そもそも立地で勝っているし、環境もMDもさして工夫しなくとも、そこそこの数字が見える“JR安全圏外食ビジネス”と思っていた。「キヨスク」はもちろん、利権ビジネスそのままの「あじさい」を運営する日本レストランエンタープライズ(NRE)、三國シェフを起用したり流行りの業態FCまでこなす“他力本願型”のJR東日本フードビジネスと同列と思い込んでいたのだ。まさか、アトレやルミネと対抗軸になるようなMDを出してくるとは考えもしなかった。

しかし、目から鱗、反省である。取材に出てきたのは「JR東日本ステーションリテイリング」、JRプロパー初の女性社長、鎌田由美子さん(JR系列では元ダイエーグループの「オレンジページ」社長の小倉厚子さん=プレジデント社出身で筆者の1年先輩がいる)。鎌田さん率いるステーションリテイリングは、2001年にJR東日本内に“ステーションルネッサンス”をテーマに3人で旗揚げした事業創造本部が出発点。そのヴィジョンが結実したのが「エキナカ」開発だ。

エキュートは「商業施設の一つとしての駅」という発想に基づき、あくまで出店社はテナントではなく取引先であり、“業態、商品、サービス”の仕入れ先である。したがって、出店社は保証金も家賃も施設への投資もなく、完全売上げ歩合制である。ゾーニングの切り口は顧客へのスタイル提案を軸とした“編集的発想”である。顧客代表としての女性ならでは発想が随所に活かされており、要チェックの施設だと言っておこう。詳しくはHOT ISSUEをご覧ください。


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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-20

静かに変貌遂げる「八重洲地下街」

静かに変貌遂げる「八重洲地下街」

深く静かに東京駅八重洲地下街が変貌しつつある。

昨年12月に「ウォーターグリル」で名を上げたヒューマンウェブ(吉田秀則社長)の「ガンボ&オイスターバー」がオープンして以来、今年1月には鳥良グループのサムカワフードプランニング(寒川良作社長)が“名古屋発”味噌煮込みうどん「玉丁」、6月にはスパイスロード(涌井征男社長)のタイ料理「サムアイ・オーキッド」と、コンセプチュアルで内装がそれなりにコジャレた店が連続して開店している。これは明らかに戦略的だなと思っていたら、やはりこの地下街を開発している「八重洲地下街株式会社」がじわりじわりと“オシャレ化計画”を進めているようだ。

吉田さん、寒川さん、涌井さんは偶然にも取材、ビジネスでお会いしたことがあるが、いずれも手堅くしたたかな経営者だ。これらの“タマ”を露払い役として揃えることじたい、八重洲地下街側は“確実な勝利”を狙っていると思われる。「たまたま寄る立地」に「わざわざ来てもらう店」を誘致する仕掛け。それは、ガンボ&オイスターバーの混み具合や客層の良さを見れば、一定の成果をあげていることがわかる。問題は夜の客単価だろうが、この店はおそらく6000円を超えているのではないか。八重洲地下街にしては画期的というべきだろう。

これは私の邪推だが、なぜ八重洲地下街株式会社が深く静かに潜行した仕掛けをしているのか。同社は大丸とヤンマーの出資会社であり、大丸は東京店を東京駅の「エキナカ」「黒塀横丁」「キッチンストリート」などの飲食街を仕切るJR東日本グループの「株式会社鉄道会館」から借りている関係であり、「東京アール・ビー商事」という飲食直営企業までもつ鉄道会館との微妙なバランス関係が働いているのではないか。京橋側のPCPビルの飲食ゾーン「Age」(まったくイケテない!)も鉄道会館が運営している。八重洲地下街はその両側に挟まれて窒息しかかっていたのだ。それを再生しようというのだからエネルギーが要るハズだ。

8月27日にはカレーうどんの「古奈屋」が八重洲地下街に初のスープカレー専門店をオープンする。戸川貞一社長は「八重洲地下街が変わる可能性にも注目した」と出店を決めた。日本橋コレドには「古奈屋」があり、それとの相乗効果も期待できる。スープカレーブームの真っ只中ではあるが、戸川さんは「ウチのうどんのスープには、なぜか赤ワインが合うんです。今回はこのミスマッチの魅力をとくに八重洲周辺のOLさんに楽しんでもらいたい」と期待する

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-19

恵比寿で「立ち飲み」増殖中!

恵比寿で「立ち飲み」増殖中!

今週は夏休みにつき休刊としたかったが、つぎつぎにニューオープン情報が編集部に入り、休めないハメに陥った。

政治のほうも、「郵政解散」で慌ただしい動き。まさに一寸先は闇の視界不良状況にあるが、飲食業界も「次のスタンダード」が見えないまま、オープンだけがやたらに続いている。とくに恵比寿界隈がにぎやかだ。「立呑屋」「18番」「炉ばた屋」と立て続けにヒットを続けるピューターズの最新作「焼肉チャンピオン」。"和牛一頭買い"をコンセプトにモクモク系をお洒落なスタイルに変えた。

恵比寿東口5差路近くには、雑誌『東京カレンダー』プロデュースの立ち飲み「Q」が登場。アサヒ、キリン、サッポロ、サントリー4社相乗りのビールサーバーが光っていましたが、業態スタイルは「18番」のそれを超えてはいませんでした。西口ピーコックの通りに出来た飲食店ビルには最上階にコリアンダイニングinアジアンリゾートをコンセプトにした「SAYAN」がオープン。オーナーは宝石商の東京トレーディング、運営スタッフはかつてカーディナスチャコールグリルで活躍したチームだ。そのビルの地下には「Luxis」。さくらグループ(ももたろう、SAKURA、Ubcra、KABUTO)が3億円を投じたという店です。

明治通り、広尾1丁目には「プライベートラウンジHIROO」がオープン。オーナーはこの一帯でマンション、オフィスビルを次々に手がけている不動産のフレッグインターナショナル(藤本保雄社長)。青山の鉄板「藤丸」、恵比寿「プレセッコ」(イタリアン)、「アレグレス」(スィーツ)に続く飲食店。秋には森田恭通氏デザインのプライベートラウンジを六本木で、高取邦和氏デザインの和食店を中目黒にオープンする予定。恵比寿、中目黒の飲食シーンを面白くする新しい仕掛人のデビューである。8月4日、東口バス通り「ZEST」の前に出現した4階建ての再生ビルにオープンしたのはアルファゼックスグループの「SO-TEN」。“ナチュラルジャパニーズレストラン”がコンセプトの「MODERNISTIC TOKYO」というスタイルを発信する。そして、8月23日には、渋谷・神泉で大ブレイクした「立喰酒場buchi」の2号店「buri」が恵比寿西口に殴り込み。「buchi」を超えるメニュー数とカップ酒の品揃えで勝負する。恵比寿の夏はますます熱くなるに違いない。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-18

三井vs三菱の戦いが始まった…

三井vs三菱の戦いが始まった…

月29日、日本橋室町に38階建ての「日本橋三井タワー」が竣工した。

7この日、開発母体の三井不動産による記者会見が行なわれ、12月2日にオープンする「マンダリンオリエンタル東京」のロビー階(38階)の見学会が開催された。その階からは東京駅は真下に見え、その先にはライバル・三菱地所の丸ビルが見渡せる。ほぼ同じ高さ。三井タワーがこの高さをキープできたのは、隣の三井記念美術館が入る三井本館が東京都が創設した「重要文化財特別型特定街区制度」適用第1号となり、容積率を大幅にアップすることが可能となったからだ。記者会見で記者から「丸の内の三菱を意識したか?」というイジワル質問を受けた大室康一社長は、「三菱さんが本丸の丸の内を開発するのと全く同じ意識、位置づけでこのプロジェクトに取り組んだ」ときっぱり言い切っていた。

この三井タワーがまさに21世紀の“三井城本丸”になることは確かだ。ここを起点に日本橋周辺の街づくりを整備し、中央通りから延びる八重洲、銀座、汐留方面の商業開発の仕上げを目指す。さらに晴海通りの先には巨大な開発街区である「豊洲エリア」のプロジェクトが待ち受けている。晴海通りと中央通りを角点として、そこから点と線で広がる東京の東側を私は「東京EASTエリア」と名付け、街づくり、飲食店好きの若いクリエーターを集めた「東京EASTスタイル」というコミュニティをつくっている。デザイナーズマンションが増え、東京の西側からクリエーターたちが事務所や自宅をEASTエリアに移してきている。また、団塊ジュニアファミリーが月島や晴海などに移転してきている。この月島・晴海・豊洲エリアは近い将来、“東の二子玉川”になるに違いない。中以上の所得層がコアな新住民となっているからだ。

さて、三井タワーに話を戻し、飲食集積という点から言うと、マンダリン系は別として、本丸から「日本中から本物の老舗を集めろ!」と号令をかけた割には、テナント銘柄が貧弱である。テナント一覧は今回の「HOT ISSUE」を見てもらいたいが、コレは!という店がない。そうすると、今後の期待は地元の“街場”に移るだろう。向い側の三井別館(期間限定の情報発信スペース、越後屋ステーションができる)の裏側の一角、日本橋室町東通り界隈である。ここは老舗が軒を連ね、独特の商人街的空気感が漂っている。いまから出店を考えるならば、この辺りが面白いのではないだろうか。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-17

「個人開業」塾が大流行

「個人開業」塾が大流行

個人開業の人たち向けの『月刊店舗』新編集長から依頼が来て、8月号から連載「食トレンドの先読み術」を持たせてもらうことになった。

同誌は創刊25周年になるという。もう時効だろうから告白すると、私は『アリガット!』を創刊する前、同誌に対抗して『店舗ビジネス』を創刊した。飲食店専門ではなかったが、店を持って独立する人向けのノウハウ誌だった。やはり店舗物件情報コーナーを雑誌の約半分のスペースで掲載したものの、これがなかなか有料広告にならず、FC募集広告に頼った結果、採算に乗らないまま5号で休刊となった。かつてベンチマークした雑誌に連載を持つというのも奇縁ではある。

そのとき、独立開業者に向けて地道ながら手堅い編集を続ける『月刊店舗』に敬意を表したものだ。その後、飲食マーケットはデザインバブル、商業施設バブルが起き、大きなうねりのなか再び「原点回帰」し、個人でも知恵と情熱と少しのおカネがあれば自分で店を持てる時代に戻った。居抜き再生ブームや業態の個性化、異業種からの参入による“素人発想”が大手の隙を突いて当たる時代になった。最近の立ち飲み、ジンギスカン、専門鍋系などのヒットコンテンツの“産みの親”には飲食初参入組が少なくない。トレンドを追うのでなく、自分が面白いと思うことに徹底的にこだわる。それを表現する場としての飲食店をつくることで“共鳴者”を獲得する。オーナーは“表現者”であり“クリエーター”なのである。

こうした個人経営者輩出の時代になって、これまでの“調理学校”、“フードコーディネータースクール”といった枠を超えた“フードビジネススクール”、“店舗プロデュース学校”などの新スクールビジネスが増えている。グルーバルダイニングのナンバーツーで前COOである新川義弘氏がリンク・ワンに転籍して「フードビジネスアカデミー」を立ち上げるかと思えば、イデーのファウンダー、黒崎輝男氏とフェアグランドの中村悌二氏のコラボであるIID世田谷ものづくり学校が新たに「レストランビジネスデザイン部」を設ける。講師に際コーポレーションの中島武氏、レストランプロデューサーの柴田陽子氏、さらにスマイルズの遠山正道氏などが名を連ねる。個人が「レストランの創り方を学ぶスクール」、果たしてビジネスモデルとしてはどうだろうか?

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-16

ぐるなびvsモック

ぐるなびvsモック

飲食店販促支援事業でビッグサクセスした例といえば、「ぐるなび」と「モック」が2大巨頭である。

ともに上場を果たし、フードビジネス業界において大きな影響力を示している。ぐるなびは97年に鉄道広告会社の新規事業からスタート、当時経済記者だった私は帝国ホテルで開催されたぐるなび設立記者会見に顔を出していた。その頃、まさかWEBをつかったレストラン検索サイト事業がここまで成長するとは誰も思わなかっただろう。記者会見は淋しいものだった。

それがここ数年で急成長、業界トップの位置に躍り出たばかりか、今年の4月、念願の株式上場(大証ヘラクレス)を果たした。しかし、上場後の戦略が見えない。日経紙面をジャックし、「ぐるなび大賞」といった派手なパフォーマンスを打っているが、それは広告会社の原点に戻ったような迷走ぶりとしか思えない。その紙面には日本の有数のシェフや料理研究家が名を連ねる。多くのぐるなび加盟店に対する上場の“恩返し”がこれでいいのだろうか?

一方、モックは、今回のインタビュー記事にあるように、東京駅八重洲口の昭和5年に建った東京建物ビルの1階と地下1階に500坪のブライダルレストラン&バーを開業した。ぐるなびが誕生した97年に東京進出、「幹事さんいらっしゃい」などのレストラン向け宴会エージェントやウエディングプロデュース事業を展開、やはり急成長を遂げた。2002年秋にあおぞら銀行の投融資担当者が「レストラン支援事業でイチ押しの社長がいる」というので、山田 納生房氏に銀座の居酒屋で会ったことがある。その頃は「ラユンヌ」というインテリアショップを開業し、ブライダル事業の幅を広げようとしていた。

2003年4月にマザーズ上場を果たしてからは、飲食店ビルのプロデュース(日比谷「フードアパートメント」)や直営店(アニバーサリーダイニング「カノビアーノヴィレッタ」)展開に乗り出した。箱への投資はともかく、植竹シェフという「人」に目を付けたのが面白いと思った。今回はそのカノビアーノヴィレッタが「カノビアーノ東京」という名に変わり、東京建物ビルという「歴史」ある箱に移った。そして、地下のバーにはバーテンダー業界の革命児・北添さんという「人」を起用した。レストランやバーとしての評価はまだこれからだが、「歴史」と「人」へ投資するスタンスは評価してよいだろう。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-15

「カシータ」伝説の真相に迫る

「カシータ」伝説の真相に迫る

カシータのオーナーで『Iam a man』の著者である高橋滋さんにインタビューでお会いした。

六本木から青山移転に続き、7月4日麻布十番に「HILL TOP Casita」をオープン、一切プレスを行なわないスタートとなった。「自分で言うのもなんですが、六本木は本当にいい店でした」と3年半を振り返る。開店当初から期限付きの物件だった。「無謀にも飲食素人の私がテーブルの上だけで勝負するレストランではなく、アマンリゾートで過ごすような完璧なホスピタリティを提供できるようなリゾートダイニングを目指して店作りに打ち込みました」。その結果、六本木カシータは進化を重ね、数々の伝説を生む店に成長した。

カシータはなぜここまで進化したのか。それは高橋さんがアマンリゾートを始め、旅や食事のさまざまなシーンで自分が「こんなサービスがあればお客さんに喜んでもらえる」といった“感動の仕掛けネタ”を、その都度その都度自分の店に落とし込む作業を繰り返してきたからだ。高橋さんのネタを店で実現させなければならないスタッフもたいへんだ。でも雨宮竜さんを始めとしたスタッフは「まるでいたずら好きの子供のように」(高橋さん)それを面白がってやり遂げようとする。その仕掛けがみごとに嵌ったとき、客は不覚にも涙を流すこともある。それがカシータマジックとして伝説になる。

「青山店はもうすでに予約がとりにくい状態になってしまいました」と高橋さん。箱としては六本木ほど魅力がなかったし、150坪の大箱。そのハンディをカバーするために1階にポーターを立たせ(時には自らも立ち)、ちょっとばかり手の込んだバレーサービスも行なう。そして今度の麻布十番店へのリムジンサービス。「青山で食事をされ、食後のお酒は麻布十番でというお客さんをご案内していますが、たまには行き先を告げないでリムジンにお乗りいただくケースもあります(笑)」と高橋さん。青山と麻布十番店との相乗効果を模索し始めたところだ。青山が月商7000万円、麻布十番の目標は2000万円あたりのようだ。「ここの店が仕上げれば、次はカフェをやりたいですね。飲食店として多店舗化できる…。でも、いつになることか…」。ちょうどモンスーンカフェを見下ろせる場所で、高橋さんはそう語った。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-12

フランチャイズビジネス再考

フランチャイズビジネス再考

最近、多くの飲食人と会っていると、必ず共通して出てくる話題が「飲食フランチャイズビジネス」の行き詰まりについてである。

本部が新業態を立上げ、直営店をつくり、フランチャイジーを募集する。店舗物件を所有しているジーならまだいいが、新規に物件を取得して、内装をかけ、メニューからサービスマニュアル、オペレーション、食材、ビバレッジの調達、副資材の斡旋から看板サイン、販促ツールまですべて本部の意のままに店作りをすすめる。

居酒屋タイプでざっと坪80万円から高いところでは120万円の初期投資がかかる。50坪60席で平均5,000万円。それを回収するには相当な売上げを維持しなければならないだろう。本部はジーの開業でかなりの利益を稼ぎ、さらにランニングでロイヤリティはじめ食材や副資材の供給でサヤ稼ぎをする。中には「利益を抜く目的でFCビジネスに入った」というグレー企業も少なくないと聞く。

それはそれでビジネスだから、ザーとジーが納得し契約に基づいて円満に進めばいいのだが、最近多いのが「こんなはずじゃなかった。最初の3ヶ月はまあまあ売上げが良かったが、その後は下降一途。これじゃ投資回収どころか、赤字続きで店を閉めるしかない。本部は騙したのか」といったクレームがジーから起こり、訴訟沙汰にいたるケースが増えているらしい。

本部が開発する業態は悪くないのかもしれない。しかし、そうだとしても、いまの飲食マーケットは業態のライフサイクルが極端に短くなってきているうえ、顧客は同レベルの業態が新規に出てきたらすぐそちらに乗り換える傾向が強い。したがって、長くて3年、短いと1年で“賞味期限”が切れてしまう。

では、どうすればいいのか。一つは、初期投資を徹底的に抑えて投資回収をできるだけ早くする。日本再生酒場などの小スペース立飲み屋や居酒屋居抜き物件をジンギスカンや沖縄料理、韓国焼肉などのヒットコンテンツにローコストで業態転換する。マーケットのめまぐるしい変化や業態の進化のスピードに対応できるのは、マーケットを先取りしながら業態ソフトを企画できるクリエーティブチームである。そうしたチームとオペレーションの確実な着地のできるチーム。そのコラボレーションによるビジネスモデル構築という新しい波がいま来ようとしている。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-12

二人の上場予備軍

二人の上場予備軍

池袋でいま最もホットなエリアである「南池袋」の一角に七夕の今日、500席の大箱テーマレストラン「ファンタジーストーリー お伽噺」がオープンする。

赤い空間の「オペラハウスの魔法使い」、水槽に囲まれた青い空間「ブルーラウンジ 竜宮」の二つの新業態、そして既存業態の「三年ぶた蔵」「竹取百物語」から構成されている。筆者を案内しながら「この大箱を仕上げるのは大変でした」と話すのは、いま業界の成長株として注目を集めるダイヤモンドダイニングの松村厚久社長。居酒屋密集地帯のこの池袋エリアで、あえてテーマレストランを投入して勝負に出た。この一戦での勝敗が、彼の今後の上場戦略の成否を占うことになるだろう。

「お伽噺」のすぐ隣には、もう1人の上場予備軍であるジェイプロジェクトの新田治郎社長のやはり大箱の複合店舗が出店済み。「芋蔵」「ほっこり」「美ら島」の三店舗が集結した。新田さんは2003年、名古屋での飲食店展開が売上げ30億円に達したのを機に東京進出。銀座、新橋、品川に次いで、この池袋の大箱で勝負に出た。それが当たり、今年に入ってから銀座に再び大箱を出店。新田さんは「今年2月から4月までに13店舗を出店しました。これらを仕上げ、また秋から出店攻勢に出ます」と来年の株式上場を視野に入れ、さらにアクセルを踏んでいる。

ダイヤモンドダイニングの松村さんが度肝を抜くようなテーマと内装で差別化をすれば、ジェイプロジェクトの新田さんは徹底した名古屋スタイルのサービスでオンリーワンを目指す。手法は違うがこの2人には共通点が多い。ともに30代後半でほぼ同世代。経歴も似ており、2人とも20代前半はディスコに就職し、そこから叩き上げてきている。彼らの原点はこのディスコでの経験だろう。女性客の心理を知り尽くした2人。どうすれば、女性客が喜び、驚き、満足させられるか、その集客技術に長けているということだろう。ディスコのようなブームに終わらないことを祈りたい。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-11

フランチャイズ展開の夢と限界

フランチャイズ展開の夢と限界

「渋谷では降りないですね」「渋谷の街は歩かない」「行きたい店がない」 今週号のUP FRONTで渋谷特集をやりましたが、事前にヒアリングした20代後半から30代前半の女性の声。彼女たちは青山、恵比寿、代官山にはよく行くが、渋谷は“スルー”する。

パルコの上や西武の地下に大人の飲食街ができ、ゼロゲートもある程度頑張ったのだが、やはり渋谷の“街ナカ”に大人は通わない。仮にいい店ができても、タクシーや自分のクルマでセンター街や道玄坂下、井の頭通り、文化村通りに乗り付けるのは気が引ける。そこで、せいぜいセルリアンホテルか宮下公園駐車場、並木橋、道玄坂上から神泉あたりに行くことになる。その結果、渋谷では“ドーナツ現象”が続いてきた。

今回、一度は断りながらも、神南坂フレームの地下に300坪を超える“大人の社交場”をコンセプトにした「キャメロットコート」をオープンさせる決断をしたジンテージの沖隆治社長。“東のGENIUS TOKYO”に負けない“西のCAMELOT”をつくると自信たっぷりだが、沖さんがこのプロジェクトを引き受ける気になったのは、「渋谷区が大人の集まる店をどうしてもつくってほしいと言うもんだからね」が理由。そういえば、六本木ヒルズができたとき、私も東京商工会議所の渋谷支部に呼ばれて講演した。テーマは「これから渋谷の飲食業はどうすれば生き残れるのか?」。私が話したのも「渋谷大人化計画を成功させるしかない」ということだった。

しかし、先達たちは挑戦し、失敗を繰り返してきた。お役所やディベロッパーは仕掛けの入口をつくりはするが、集客するのは事業主。結局、「渋谷が大人の街に変貌するのでは」というムードだけが先行することになる。やはり、渋谷区が真に大人を呼びたいのならば、街ナカの道路や駐車場の整備、宮下公園の抜本的な開発、東横線の新駅をつくる東急や地下鉄13号線駅を開業する東京メトロを巻き込んだ未来図の設計が必要だろう。今回の取材ではそれが全く見えてこなかった。

昨日のテレビ東京「ガイヤの夜明け」を見た。タスコシステムの「ブランドバンク」、ムジャキフーズの独立サポートシステム、そしてバルチックカレー&中小チェーン連合のタキゼン・バルチック・ホールディングスによる「新外食チェーン艦隊」が取り上げられていた。“空前の外食不況”が前提にあり、彼らは“赤字からのスタート”だという。結局、飲食フランチャイズビジネスの失敗をカバーするために、さらに弱いチェーンやせっかくコンテンツができたばかりの飲食人や飲食初心者を利用しているだけに見えたのは筆者だけだろうか? 外食が不況であるという認識の前に、いたずらに安っぽいビジネスモデルを振り回すのはやめてほしい。素直に「負け」を認めて、裸からやり直せばいいのではないか。外食産業に“夜明け”はない。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-10

関西出身パワーから目を離すな!

関西出身パワーから目を離すな!

6月7日、東京EASTの熱いエリアの一つ門前仲町にまた一軒、超個性的な店がオープンした。

その名も「深川 山憲」。コンセプトは地方の漁港で漁師たちが水揚げした魚を、七輪を囲んでその場で焼いて食べるまかないのシーンを再現した店。魚を運ぶ木箱を重ね、その上に七輪を置く。椅子はもちろん即席のビールならぬ一升瓶ケース。25坪足らずの店は、職人たちのきびきびした包丁裁きのパフォーマンスを囲むカウンター席中心。真ん中の柱以外はすべてオープンエア。店内に座れないお客さんは、軒先に臨時でつくられた席につく。鮮魚店がそのまま居酒屋になったようなコテコテの造作である。料理は魚介類のほか、旬の野菜も豊富。ドリンクには「ホイス」を取り入れた。締めは、ごはんに鰹節を山盛りに乗せて醤油をかけただけの「ねこ飯」に高知のセコ蟹を煮出した「せこ汁」がおすすめとか。

実はこの店、首都圏でフードサービス業専門求人情報誌「グルメキャリー」を発行するジェイオフィス東京(4月に大阪本社から分離独立)の飲食店サポート部隊「ネオサポート」が初めてプロデュースした。経営は某設備関連メーカーだが、ジェイオフィス東京も出資、2社コラボレーションによる運営だ。ジェイオフィス東京社長の岡崎千高さんとネオサポートの浜倉好宣さんが中心になってコンセプトから内装、メニュー、キャスティングまでトータルプロデュース。

「こんなコテコテの飲食店の原点みたいな店をやってみたかったんです」と岡崎さん。一方、ちゃんとフードサービスからフードスコープを経て昨年からネオの責任者となった浜倉さんは「新鮮な魚介類を自分で焼いてガツガツ食べる。気取らないで笑い声を上げながら楽しく過ごす。東京の店はカッコつけた店が多くなったから、その真逆をやってやろうと考えた」と言う。ちゃんとでは銀座の「橙や」、フードスコープでは「黄金の舌」、ニューヨークの「MEGU」などを立ち上げただけに、その店作りの哲学には凄みさえ感じた。コテコテだけではなく、手ぬぐいが似合うオッちゃんとモデルのようなビジュアルの女性スタッフを絡ませたホール演出やMEGU、MAIMONなどのグラフィックデザイナーに毛筆で描かせた品書きや壁画、さらに「プラダを意識した」というトイレなど、ところどころにコジャレた細工を施している。

店そのものも個性的だが、今回、岡崎さんがテーマとして最も提案したかったのは、仕事がら「人の再生ビジネス」であること。採用した魚職人はほとんどが現役リタイア組。鮮魚店の元経営者や漁師の経験者。「魚に関わる職業を一度経験され現役を退かれた方や、やむをえず途中で挫折された方の“第二の人生”“リベンジ”ができる職場をつくってあげたかったんです。飲食人というカテゴリーの中で、人の活用、活性化ビジネスをやってきましたが、今後は人の再生のお役に立ちたいんです」と熱く語る。いわばヒューマン・ルネッサンスビジネスとしての飲食店展開だ。岡崎さんはまだ33歳、飲食“第3世代”である。“第2世代”の井上盛夫・橋田佳明さんコンビ率いるソルトコンソーシアムに続き、この岡崎・浜倉さんの関西出身コンビが次は何をやるか、目が離せなくなった。


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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-10

第二ステージに入った「立ち飲み」

第二ステージに入った「立ち飲み」

「立ち飲み&バル」ブームが第2ステージに入ったようだ。

今回のブーム以前から、“伝説の店”として連日満席状態の八丁堀「maru」を取材した。やはり「凄い」のひと言。1階の酒屋「宮田屋」が発祥。25年前に先代当主松澤金次郎さんがウイスキー主体のスタンディングバーを店の一角で始めた。それを長男の弘一郎さん(31歳)がワインを主体にした「Stand Bar maru」としてコンセプトチェンジ、スペインバル風のメニューを提供した。それが当たった。1階に収容できない客のために、一昨年、2階に「maru2階」をオープン、炭焼きとプロシュートを囲む円いカウンターは名物となった。その中で焼き場を担当するのは、いまでも金次郎さん。築地場内にいた経験もある職人だ。料理長は次男の裕次郎さん(29歳)。都内のフレンチレストランで修行した経験をもつ。現在、1、2階で月商1500万円を上げている。

一方、渋谷区神泉の決して立地は良くない場所で、これまた伝説をつくり始めているのが「buchi」である。ソムリエと利き酒師の資格をもつ女将の岩倉久恵さんが昨年の夏、こっそりと始めた立ち飲み。居酒屋「JYU」で学んだサービスやメニュー提供のノウハウなどをこの店で開花させた。女性客を意識した個性的なフードメニュー、ワインに日本酒のカップ酒というミスマッチなお酒の提案、女将と女性スタッフとのきめ細かい接客などが相俟ってたちまち人気店に躍り出た。フード&ドリンクのメニュー内容については、今週号から新規にUPしたコンテンツ「オフィシャル・メニュー・ガイド」を参照していただきたい。

この「東の横綱」「西の横綱」が進化を始めた。私が“第2ステージ“に入ったというのは、彼らが次のステップに踏み出そうとしているからだ。東の「maru」は、同じ建物の3階に鉄板焼の店を計画している。2階の炭焼きと差別化し、少し落ち着いて静かに食事ができる店。もちろん数多くのワインも提供する。「鉄板ワインバー」のイメージか。オープンは早くて年内。西の「buchi」はこの夏から秋にかけて、立ち飲み激戦区の恵比寿に敢えて殴り込みをかける。居酒屋の業態転換をプロデュースする。居酒屋のスタイルを崩さず、スペインバル風のテイストも融合させた「和バル」スタイルになるようだ。メニューの数はおそらく東京一となるだろう。この東西2強の挑戦が、また“立ち飲み第2ステージ”の行く末を左右するかもしれない。日本再生酒場のような“横への広がり”のみでは、「はなまるうどん」の二の舞になる可能性がある。。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-09

業態力か、それともオペレーション力か?

業態力か、それともオペレーション力か?

第二次飲食ブームと言ってもいいほど、新しい業態の店が増えている。

今回のブームの背景には、不動産ファンド系やIT系企業、もしくは他業種からの新規参入が多くなったことがあげられよう。そうしたアウトサイダーからすると、飲食ビジネスは文字通り美味しく見えるようだ。しかし、現実はそうではない。新聞の取材でお目にかかったWDIの清水謙社長はこう言った。「もう国内マーケットはブランドのライフサイクルが短く、投資回収して収益を上げていくビジネスモデルがつくりにくい。いま、海外に軸足を移しているところですよ」。つまり、業態やコンセプト指向型の店を継続させるには難しい環境になったということだ。

ただでさえ、そうした傾向があるなかで、アウトサイダーが市場に乱入したらどうなるか。さらにパイの食い合いになるのはもちろん、肝心のオペレーションや人材が追いつかず、「コンセプトやデザインはいいが、料理が出るのは遅いし、サービスが全くなってない」といった店が増えることになる。新しい店をチェックするのが仕事の筆者に限らず、そんな体験をした方は多いのではないだろうか。「ウチは新業態をつくるにしても、今はクリエーターを使ってません。オペレーションのチームに業態を考えさせています」と清水さん。いいコンテンツがあれば出資して業態を買い、同社のオペレーション力で展開していく。ジンギスカンの「くろひつじ」がその例である。

やはり、新聞の取材で先日お会いしたワンダーテーブルの林祥隆社長も、「2003年は業態力、2004年は店舗力の強化に邁進しました」と言う。業態開発は小休止し、既存店のオペレーション力のブラッシュアップに努めた。林さんが言う「店舗力」とは組織力、運営力、攻撃力の3点。それがホップ、ステップ、ジャンプというかたちで、お店の総合力となる。その3点を数値化し、全店舗の再評価を行ない、スタッフが目に見える目標を達成するためのプログラムをつくっている。「店舗力がついてくれば、また新業態に挑戦していきたい」と林さん。今はオペレーション重視の舵取りを行なっている。

このように、清水さん、林さんという日本にアメリカのようなレストランビジネスを導入しようと考えている経営者が揃って「業態よりもオペレーション」と言い出した。一方では、資本力にモノ言わせた業態、ブランドの量産に走る企業も増えている。2年、3年後には果たして、どちらが勝ち残っているだろうか。


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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-07

「くろひつじ」物語

「くろひつじ」物語

月29日、今回の立ち飲みブームに火をつけた新宿の「日本再生酒場」が東京の東側、門前仲町に蒲田、池袋に次いで4店目を出店することになった。

5それにしても、文字通り燎原の火のごとく一気に広がった立ち飲みブーム。筆者は、「再生酒場」がピューターズの松下義晴さんの手によって洗練され、恵比寿銀座に「立呑」として登場したとき、無理を言ってこのフードスタジアムに登場してもらった。松下さん自身、まさかこんなに立ち飲み業態がブレイクするとは思わなかっただろう。

今回の立ち飲みがブレイクしたのは「居酒屋くずれ」(和)×「スペインバル」(洋)による化学反応相乗効果現象と言えよう。「立呑」のような和のスタイルと「BUCHI」や「18番」のような洋のスタイル。いずれにしろ、共通しているキーワードは“ベタおしゃれ”。かつて、ゼットン、稲本健一さんが居酒屋カフェで提唱した“ダサかっこいい”が進化した形だ。今後は、ベタとおしゃれが分化していくだろう。そして、淘汰が始まるに違いない。

一方、ジンギスカンはどうだ。中目黒「くろひつじ」も、フードスタジアムで初めてオーナーインタビューに成功した。北海道の中古自動車屋の石谷和久さんが、ロータスやバワリーキッチンのデザイナー、形見一郎さんに惚れ込み、「ジンギスカンをやりたんだけど、デザインは形見さんしかしない」とアプローチし、中目黒といっても、なかなかたどり着けない元倉庫を改造した場所にオープン。立ち上がりはイマイチだったが、TVのチカラもあって爆発した。

そして、今度はその「くろひつじ」にWDI社長の清水謙さんが惚れ込み、資本参加して新法人・株式会社くろひつじを設立、多店舗展開をスタートする。7月下旬に下北沢に2号店を予定。その後も3年間で50店舗、売上げ50億円を目指すという。中目黒には今回、インタビューでお世話になったトライゴンの橋田佳明さんがプロデュースする極楽とんぼの加藤浩次の店もオープン。ジンギスカン戦争はこれからが本番だ。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-06

「日本酒」ブームは来るか?

「日本酒」ブームは来るか?

日本酒の酒蔵が72蔵も集まって、「吟醸酒」専門のバーを期間限定で開くという。

焼酎ブームも定着し、梅酒が来るかと思うと、火種は燻ってはいるがまだ煙の状態。その間隙をぬって、日本酒が一気に来るかどうか。期間限定の吟醸バーの店は、なんと伝説の麻布十番「庫裏」(クリ)があった箱。酒屋「さかや栗原」の店主、栗原信利さんは「日本酒の酒蔵さんはいま世代交代が進んでいて、いろんな酒づくりを研究しているんですよ」と語る。そんなメーカーの努力を流通業者の立場から応援する。

今回の期間限定吟醸バー企画の話に関しても栗原さんはすぐに賛同し、業者のルールから表立ってはコミットできないが、ちょうど銀座に移転した弟さんが経営する「庫裏」の空き店舗を提供することにした。この麻布十番の“日本酒メッカ”と言われた場所から、日本中の、いや世界中の人々に向けて「日本には日本酒があるんですよ」とメッセージを発信する。そして、フランスにはヴィンテージワインがあるように、スコットランドにはモルトウイスキーがあるように、栗原さんはいま長期熟成の「古酒」に日本酒復権の想いを賭ける。

日本酒が新たなトレンドに躍り出てくるかどうかは別として、この発信基地が“ゆるゆる”としたスローな時間が流れる麻布十番という街であることに筆者は注目したい。六本木ヒルズの城下町として、新たな呼吸と蠢動を始めた街、麻布十番。ここでは、恋人たちが待ち合わせに遅れたとか、終電だから帰らなければならないとか(地下鉄駅が出来て空気がギスギスしはじめた)、そんな時間感覚は無用だ。だから、朝まで居られるラ・ボエムが流行る。最近デビューした「AZABU HAUS」は23時間営業。掃除機をかけている時間だけが休憩時間。「そのときにお客さんがいらっしゃっても、掃除機が気にならなければ入店していただきますよ」とAZABU HAUSの店員は言う。

ブレイク中のシンガポール・チキンライスの「海南鶏飯食堂」、アロマクラシカ原田シェフの新店「カーサ・ヴィニタリア」、オリエンタル料理の「a Cave」、オーガニックの「KIYO'S KITCHEN」、今度十番初の立飲みを計画中のアジアンダイニング「ラウラウ」など、個性的な店が増えている。六本木ヒルズのもう一つの城下町「西麻布」とは違う、中目黒的な成長をこの街は遂げていくのだろうか。この街を夕方から朝まで歩いてみて、「麻布十番に住む」ことが今後、トレンドになるような予感がした。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-05

ああ、JR西日本

ああ、JR西日本

JRは猛省すべきだろう。今回のJR西日本の鉄道事故のニュースは、筆者にとっては他人事ではなかった。

42人の死者を出した1991年の信楽高原鉄道事故。筆者は雑誌編集者時代、鉄道事故直後、「なぜ事故が起こったか」をテーマにその後、大宅荘一ノンフィクション賞を受賞した佐野眞一氏と事故現場の宿に数週間寝泊りして周辺を取材した。事故で亡くなったJR西日本の車掌の遺族、事実を隠蔽するJR西日本幹部、鉄道職員関係者の自宅を連日駆け回った。結局、我々取材陣が掴んだ事実は、「JR=権力=収益至上主義」「当時の被害者=第3セクター=地元弱者」という構図であった。今回の大事故もほとんど同じ。被害者は普通の通勤客、加害者は収益至上主義のJRである。

そんな昔のことを思い出したのは、銀座5丁目にオープンしたJR西日本FNSが東京初出店した「冬夏」を覗いたときであった。内装デザインは、最近アサヒビールANNEXビルのリニューアルをし、神楽坂SHUN・青山を手がけるなど、東京のレストランシーンでもこなれた仕事をし始めた神谷利徳氏。「T誌」の特集トップ記事にも出ていたし、一度は店を見たいなと思っていったら、まさにスタッフたちがマニュアルに縛られたロボットのような接客。せっかくの神谷デザインが泣くというものだ。それにしても、あまりにも悪いタイミングでの東京進出だ。ついつい、店長に向かって「自分たちがカネにあかして空間、料理を着飾るのもほどほどにして、吉本興業みたいに西日本の若手の貧乏飲食ベンチャーを発掘し、育てて東京に連れてくるべきじゃないの」と言ってしまった。

かといって、JR東日本がどんな飲食スタイルを創造したというのか。突然、JR恵比寿駅の話になるが、讃岐人の筆者にとって、日増しに不味くなる駅構内の讃岐うどんは許せない。バブル時代の象徴の恵比寿ガーデンプレイスに媚びすぎる東口のコンコースもいまだに納得いかない。そんな言ってみればJRが捨ててしまった東口の駅前エリアに、今度「Qiz EBISU」なるビルが誕生した(UP FRONT記事参照)。資本の象徴である恵比寿ガーデンプレイスの影でまるでエアポケットのような空間だったエリアが、夢見る名人設計士・黒沼清氏のワザによって甦ったのだ。人の息吹が生まれ、街が呼吸を始めた。明らかにこのビルはJRの駅に背を向け、東口五差路を起点として広尾、白金、天現時、麻布エリアへまったく新しい空気とエネルギーを送ろうとしているかのようだ。

これまで恵比寿といえば、西口を中心に発展してきたが、これからは徐々に東口界隈が飲食の新しい盛り場として成長するだろう。有名イタリアンやゼスト、モンスーンだけではない。立ち飲み居酒屋やモツ鍋、モツ焼、沖縄料理、韓国家庭料理、豚しゃぶ、行列が絶えないカツ屋など、新しいコンテンツの出店が後を絶たない。かつて筆者は、明治通りの渋谷橋から天現時までを「新グルメストリート=広尾ブロードストリート」と名付けたが、東口バス通りは今後、「Qizストリート=クイズ通り」と呼んでもいいのではないか。そんな磁場力を感じるビルの誕生である。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-04

「アランデュカス」をビジネスする人々

「アランデュカス」をビジネスする人々

4月26日に行なわれたアラン・デュカスの記者会見に顔を出した。場所はラ・ポルト青山9階ホール。

記者会見の内容は「UP FRONT」に紹介した通りだが、デュカスの新しい店「ブノワ」のオープンは9月1日。記者たちの関心は“客単価”に集まっていたようだが、たしかに銀座「ベージュ東京」の値段だと青山では通用しない。「ランチは4,000円、ディナーは12,000〜15,000円。一皿だけでもいいし、バーもある気軽に利用していただける店」(デュカス氏)になる。3階の「カシータ」をかなり意識したのではないだろうか。それはともかく、私が面白いと思ったのは、今回のアラン・デュカス青山出店の仕掛人たちの顔ぶれである。

ラ・ポルト青山のディベロッパーは、広島に本社をもつアーバン・コーポレイション。不動産の証券化で伸びてきた会社だ。開発した不動産にいかに付加価値をつけ、運用利回りを上げるか、それが彼らの商売の決め手だ。テナントはそのための運用商品である。アーバンがラ・ポルト青山の運営を任せた先がラ・プラース。社長の岩坪敏和氏は、ホテルニューオータニの「トゥールダルジャン」や長崎ハウステンボスのホテル群、横浜ランドマークタワーのロイヤルパークホテルのVIプロデュース、浅草の浅草寺(せんそうじ)の大開帳のポスター制作や和菓子「舟和」のパッケージデザインなどを手がけてきたユニークな空間プロデューサーだ。岩坪氏のミッションは、テナントのパフォーマンスを極大化すること。

そして、アラン・デュカス記者会見で司会をつとめたのが、ファッションデザイナーの山本耀司氏も関わっている雑誌「サードエイジスタイル」を発行する出版社である。社長の久留一郎氏はヤマト運輸のタタキ上げセールスドライバーから起業したベンチャー経営者。アラン・デュカスのホテルビジネスの核である「シャトー&ホテル・ド・フランス」の日本総代理店も運営。同社はサードエイジ(40〜65歳)に向けてのライフスタイル提案事業として、出版やイベントをメインとしているが、ホテルやレストランビジネスもその一環なのだろう。いずれにしろ、今回のアラン・デュカスプロジェクトの仕掛人たちの顔ぶれは、まさに時代を象徴していると言えまいか。

そういえば、かつて「大人の青山」をつくってきた岡田大弐氏、ミュープランニングの吉本隆彦氏らは鳴りをひそめている。新しい主役に躍り出てきたのが、不動産ファンドやIT成功者、スポーツ界出身者などの“平成成金”たち。岡田氏や吉本氏が築いてきた「飲食店を発信源としたファッションとしての食文化」を彼らはどう引き継ぐのか。「食は集客の手段、食はビジネスのパフォーマンスの場」では長続きしないし、むしろ青山を愛する人々の反発を買うに違いない。森ビルの「表参道ヒルズ」には、サルヴァトーレ、暗闇坂宮下、渡邉明氏プロデュースの店、カリスマラーメンショップなどのテナント候補が挙がっている。地下鉄の表参道駅構内も来年3月に東京メトロ初の地下ショップ街が誕生し、大きく変わる。いったい青山はどんな街に変貌していくのだろうか。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-03

西麻布が甦ってきた…

西麻布が甦ってきた…

たまたま西麻布で新しいバー2店のプロモーションとプロデュースをすることになって、西麻布通いが続いている。

一つは19日にレセプションを開催した「Dining D's nature」(ダイニング・ディーズナテュール)。かつてこのコラムでスクープした、豚しゃぶとドイツワインの店「ひで」のあるビルの1階。地下にはちょっと妖しそうな洋食バーもあり、隣のロメオがあるバルビゾン27と並んで、この六本木通りを富士フイルム本社に向かう通りには大人の隠れ家スポットが続々と生まれている。

ディーズ・ナテュールはウン百万する画期的なワインサーバー(空気に触れない状態でコルクを抜き、全く酸化させないで保存ができる)を設置したワインダイニングだ。二人で行って、高いワインを頼んだものの、最後のほうは飽きてきて損した気分に陥ったことはないだろうか。この店は、そんな問題を解決してくれる。高いワインでも、グラスで頼めるからいろんな種類をリーズナブルに楽しめる。一流ホテル出身のフレンチシェフの気の利いた料理も美味しいし、難波淳一店長のきめ細かいサービスも心地いい。

もう一軒は、西麻布交差点近くのうなぎの「いちのや」があるビルの地下。23日にオープンする「Bar AZUL」(バーアスール)。この店のオーナーは「青色」(AZULはスペイン語で青の意味)が好きで、ロゴ、看板・サインはもちろん、テーブルや照明、ドリンクのボトルまでもキーカラーの青にこだわった。バーテンダー(店長)は恵比寿「アートカフェ」で人気者だった近藤茂之。ホテル出身者のオーナーの品格をキープしつつフレンドリーなサービスを心がける。ドリンクは「西麻布から梅酒を仕掛けるならこのスタイル」というカタチの梅酒、そしてシェリー、青いボトルの焼酎と日本酒、あえて東京の地酒にこだわってみた。料理はお酒を進めるための「東京タパス」。22日金曜日のオープニングレセプションにぜひ来てください(sato@cachette.co.jp にご一報を)。

さて、最近の西麻布。動きが止まっていた一年前と比べると、じわじわと動き出している。アドマチック天国風にホットエリアをフューチャーすると、やはり六本木ヒルズの「ハートランド」でビールを引っかけ、地下から「とんとことん」のある反対側に出る(事情通によると、地元の要望に森ビルが折れて近く歩道が復活するとか?)。ケンコーポレーションの隣では、このあたり一帯のビルを買いまくっているといわれるユニマットが天然温泉を掘っている。来年には豪華な西麻布温泉が誕生する予定だ。その隣では新しいビルの地下にスノッブなバーやVIPレストランが入居を始めている。

それらを眺めながら、違和感のある「月の宴」「名古屋名物赤から鍋」を通り過ぎて権八に。そこから交差点を広尾方面に渡る。しばらく歩くと、12種類の塩で食べる豚しゃぶ「紅月」が。ここのオーナーは不動産系で成功し、地下のクラブも経営する。上の店と吹き抜けになっており、「紅月」からはクラブで踊っている地下の風景が見下ろせる。バブルだ!その路地を入ると、最近オープンしたばかりのフードバー「1192」。カーディナス出身者が運営するフレンドリーなレストランバー。外苑西通りに戻って広尾駅に向かうと連日満員御礼の「CICADA」。外国人が多いこと多いこと。

そう言えばハートランドもそうだし、一昔前にカジュアルダイニングブームを牽引した「フルトシ」「サイタブリア」も外国人リピーターによってかつての賑わいを取り戻している。こうみてくると、西麻布復活のキーワードは、外国人が好むフレンドリーさとホスピタリティ。外資系勝ち組が集まる六本木ヒルズの城下町としての新しい顔だ。観光客や情報誌で呼べる客が主役にはなりえない街であることは昔と変わらない。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-02

「ベージュ東京」体験記

「ベージュ東京」体験記

昨年からフードプロデュースの仕事で関わっている台北の大型レストラン(台北初東京スタイルイタリアン、180坪200席)がいよいよオープンの運びとなり、シェフを連れて最後のキッチン指導に行くために、HISで東京−台北往復チケットを2人分受け取ってから、ようやく予約の取れた「ベージュ東京」のディナーに向かった。

台北ツアーもいま人気でなかなか安いエアーチケットが取れない。ちょっと高めだった支払いを済ませ、いささか損した気分を引きずりながら、これまた「かなりのお値段」と聞いていた話題のブランドレストランに入った。

「ベージュ東京」といえば、昨年12月に銀座シャネルビル10階にオープンしたシャネルとフレンチの巨匠アラン・デュカスのコラボによる店(運営は両者の合弁会社C&D)。筆者は雑誌編集者時代の役得で、かつてパリのプラザホテル「アラン・デュカス オ プラザ・アテネ」でデュカスにインタビューしたとき、「正直、日本に進出する気はまったくないんですよ」と聞いていた。その後、いまの素材・産地ブームを打ち出したスタイルの走りといわれる「ポワンキャレ59」「スプーン」と回ったが、「ポワンキャレは普通の日本人は予約がとれない」「スプーンは日本人客の席が決まっていて、入口近くの2席だけ」という裏話を聞かされて、「なるほど、デュカスは日本及び日本人に対する愛情がないんだな」と思った。ディズニーランドのイクスピアリに「スプーン」が出来たときも、「運営側のオリエンタルランドとフジテレビが破格のライセンス料を払っている」と聞いていたから、その後撤退したときも驚きはしなかった。

だいたいディズニーに行く客がスプーンでは食事しないだろうし、どうせアラン・デュカスを出すなら銀座しかないだろうと考えていたら、そのうちにシャネルとのコラボ話が持ち上がった。ただ、デュカスを知っている日本人がどれだけいるのか、おそらくほとんどの客はシャネルを食べに行くに違いない。料理長も撤退したスプーンのアタマだったシェフだし、日本人の舌をどこまで理解しているのだろうか、なんてあれこれ考えながら席に座った。で、結局、パークハイアットならぬ東京ドームホテル出身者のサービスを受け、日本を知らない外人から見た「日本的ワビサビ」テイストの料理を食べ(いつも食べ残すことのない同僚は、「これが、あの小山薫堂さんがブログで書いていたナイフ。確かに刃と背中が判断しづらいわ」と言って、絶妙な切れ味に苦戦して一切れ残していたのが印象的だった)、さて気になるお勘定は……。

HISで買ったちょっと割高の東京−台北エアー往復チケット代2人分とほとんど同額でした。まあ、シャネルを食べたと思えば納得できるか。この夏には、「ラ・ポルト青山」最上階(新カシータの入ったビル)に、「ノスタルジックなフレンチスタイル」のアラン・デュカスが誕生するというから、今度こそ期待しよう。

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【VOICE FROM EDITOR】2006-01-01

いまなぜ、東京タワーなのか?

いまなぜ、東京タワーなのか?

4月5日、東京タワーの真下に誕生したレストラン「ガーブ ピンティーノ」のオープニングレセプションに顔を出した。

久々に東京再進出を果たした大阪・バルニバービの佐藤裕久社長は、シガー片手にロマンスグレーの長髪をなびかせてパーティ会場を飛び回っていた。レセプションには、かつて東京を沸かし、今もそれぞれの持ち場で仕掛けを続けているプロデューサー、クリエイターたちが大勢押しかけていた。名古屋ブランドを全国区にしたゼットンの稲本健一氏、年商3億円を突破させたハートランドの島田新一氏、新東京ドメスティックスタイルを創りつつあるエイジの佐藤一郎とフェアグランドの中村悌二氏のコンビ。今はチリジリになった懐かしのアリガット創刊編集メンバーの顔もあり、時代が同誌創刊の5年前にワープしたような錯覚に陥った。見上げれば、ライトアップされた東京タワーが天に聳える。「いい場所でしょう。十数年ぶりにこれはイケる、という確信がもてたんです」と佐藤氏。

東京飲食マーケットを下手に知っていると、「ちょっと不安だなあ」と思ってしまうエリアだが、周辺を歩いてみるとそうでもない。外国人ビジネスエグゼクティブの街・神谷町から歩くと、森ビルの新しいオランダヒルズ、タワーレジデンスが途中にあり、イトーヨーカ堂・セブンイレブンの居城も近い。サラリーマンのベタな街・芝公園側から歩くと、堤義明氏“最後のプロジェクト”33階建てのプリンスホテルパークタワー(4月11日オープン)の提供公園をぶらぶら通り抜けるルートもある。新築の建物と古い歴史建造物に緑と公園、外国と日本、そして経済界の栄枯盛衰が折り重なったなんとも不思議な空気感のあるエリアだ。そのコアとなる東京タワーを改めて眺めてみると感慨深い。そのまさに真下にできた店。ヨーロッパのどこかにあるちょっとキザな食堂。シガーバーもあり、純関西和食のカウンター串揚げの店「九四」も同時オープン。こちらは佐藤氏がかつて白金で開店したものの続かなかった業態。リベンジオープンだが、思い切って「立ち飲み串揚げ」あたりに崩したほうが面白かったのではないか。余計なお世話だが。しかし、久々に元気をもらいました、佐藤さん。

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