編集長のつぶやき
“横丁ブーム”の仕掛け人たち

ピカピカのビル型商業施設が“聖”とすれば、街場に独特の匂いを放つ横丁の飲食街は“俗”ということになろう。いま、その“俗”が面白い。
4月8日、下町・亀戸にこっそりと「亀戸横丁」がオープンした。レセプションはやったものの、プレスリリースもなく関係者のみ。設計・施工を担当したミクプランニングの担当者が自らチラシを配るのみ。「マスコミ?…そんなの関係ねぇ!」といった感じ。しかし、私は見逃しません。レセプションに潜り込んできました。そこは亀戸駅北口を降りて、三井住友銀行の裏路地を歩くとすぐ。「亀戸餃子」「ホルモン青木」を過ぎた右手のビルの1階。モンテローザの「白木屋」が1〜2階にあったという古ぼけたビルの1階にあった。昔のキャバレーのようなネオンが目印。広さは135坪で、そこに串揚げ・焼き鳥・ホルモンなどの専門店、浜焼きの屋台、立ち飲み、ガールズバー、射的バーまで、個性溢れる15業態15店舗が軒を並べていた。
1区画5坪から大きいところで15坪ぐらいまで。昭和の香りのするのれん、赤提灯が懐かしい雰囲気を演出していた。この「亀戸横丁」を企画プロデュースしたのは、グルメキャリー・ネオサポートの浜倉好宣さん。2005年6月に門前中町で“魚屋再生”をコンセプトにした浜焼き「深川 山憲」でデビューしたちゃんと、フードスコープ出身のプロデューサーだ。その後、“鱗ブランド”で浜焼き、魚居酒屋ブームを巻き起こした。その彼が今度は“横丁ブランド”の開発に乗り出したというわけ。「亀戸横丁」で彼が狙ったのは「大型店の再生と地域グルメの発掘、発信」。まさに個店パワー、専門専科の時代。総合居酒屋を横丁に変えてしまう仕掛けが成り立つ時代なのだ。浜倉さんは5月に「恵比寿横丁」、夏には新橋のガード下でも横丁ブランドをオープンする予定とか。
一方、2月29日には博多の中洲交差点角の飲食店ビル1階にラーメン・もつ鍋・ギョーザなど6店舗をワンフロアに集めた「中洲屋台横丁」がオープンし、話題を集めている。このビルには「アントニオ猪木酒場」も入り、他のチェーン居酒屋を脅かしているとか。店舗面積は約100坪。博多とんこつラーメン「黒鷹」、博多もつ鍋水炊き「鐡斎(てっさい)」、備長炭焼き鳥「炭鳥」、博多餃子「八助」、海鮮問屋「銀鯱」、各地より選りすぐりの焼酎90銘柄をそろえる「焼酎蔵」。どの店に座っても、全店舗の注文ができるのが特徴。銀座ベルビア館の「銀座六景」と同じ仕組みだ。「中洲屋台横丁」の仕掛け人は、「備長 扇屋」「紅とん」を立ち上げて展開し、ヴィアホールディングスに売却した山本浩喜さん。コンピュータ会社から飲食に参入し、業態開発力に定評がある人物だ。いま日本橋で鳳コーポレーション、寺子屋を経営。博多は寺子屋が運営している。「亀戸横丁」「中州屋台横丁」とも月商目標は3,00万円。横丁が飲食業界を面白くする時代がやってきたと言えよう。
【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。




