編集長のつぶやき
地方に“宝”あり!

たまに地方に来ると発見が多い。今日はこのつぶやきを高松で書いているが、昨晩会った香川中心に16店舗展開する「平井料理システム」オーナーには圧倒された。
「平井料理システム」は1984年創業、高松・福田町に居酒屋「吾割安」を開いたのがスタート。現在、大衆食堂、大衆酒場、料理屋、酒と飯、イタリアンビストロなど地元に根付いた個性的な店を16店舗展開している。名物“徳島ギョーザ”のインターネット販売も行なう。社長の平井利彦さんは50歳。幼いとき両親を亡くし、祖父母の家で小学生の頃から鶏糞の清掃や新聞配達などのアルバイトを重ね、中学からはもう自活していたという。高校でバイク免許を取るや暴走族に。やがて飲食の世界に流れ、27歳のとき3,000万の借金して1号店を開業した。
その平井さんの原点となった「吾割安」は大箱で家賃30万ながら創業当時は月商1,800万円を稼ぎ出した。「10年その状態が続きました。毎月500万の粗利です。打ったボールは絶対落ちないものだと錯覚してしまいました」と懐古する。材木倉庫を改造した店で、最近流行りまくった“レトロ&ノスタルジック”スタイル。これを平井さんは25年前に始めていた。人気メニューは焼き餃子や生レバー、コロッケ、焼き鳥、そして〆のラーメン。業態ではなく一品一品、この店でしか食べられない名物をつくってきたことが勝ってきた理由だ。実際、平井さんの掲げるスローガンは“1店1名物”。要は客がそれを食べたいために通う必然性、“旨いものをつくる”ことである。
高松で基礎をつくり、いまや徳島、松山、岡山、そして神戸にも進出した。しかし、平井さんは「東京には絶対出ません」と言う。その理由は、地元では勝てるセオリーが確立できても、それが東京で通用する保証がないから、ということ。だからといって、東京的なものを否定しているわけではない。空間づくりはミュープランニング&オペレーターズに頼み、サービスはグローバルダイニングから学んでいる。その平井さんが飲食業を通じて目指すのは「教育」。社是は「いいオトナに、なろう」。自らの体験から築き上げたものだが、スタッフの育成に関しては現場に入り、手を上げてまで厳しく教育する。そして、「出来の悪いヤツほど辞めさせない」と言い切る。従業員の両親にまで一人一人盆暮れに贈り物をする心配り。平井さん本人は出なくとも、その“平井学校”で育った人間から東京進出を果たす者が出てくるに違いない。それにしても、地方には“宝”が隠れている。香川は讃岐うどん、一鶴だけではありません。
【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。





