編集長のつぶやき
「居酒屋」が“復活”する理由

男たちにとって、再び住みにくい世の中になってきた。サラリーマンは勝ち負けの結論を迫られ、我が世の春を謳歌してきた役人も肩身が狭い。家に帰っても女房子供が先で自分の休まる居場所はない。「居酒屋」はそんな男たちのとりあえず帰る止まり木である。
「居酒屋」が“復活”している。それは世の中が暗いからだ。小泉政権は見事に「自由と自己責任」の光と影を照射してくれた。光の部分の曖昧さ、いかがわしさに比べて、影の部分のなんと残酷で悲惨なことだ! 最近のマスメディアで報告される事件はことごとく格差社会の闇の部分が露呈されたものである。しかも、それは氷山の一角だ。日本と日本人は確実に「影の沼」に足を取られて首まで泥に埋まろうとしている。
ある意味、政治も会社も家庭も信じられないアナーキーな世相に置かれている、それが2006年夏の現実である。そういう時は「居酒屋」が流行る。なぜなら、男たちは「これではいけない」と同志を募って会議をする。酒が必要だ。「俺は会社を変えてやる」「みんな、一緒について来い」と勝鬨を挙げながら居酒屋に向かうのだ。それだけではない。「居酒屋」は情報交換の場でもある。幕末の京都、それがこのカタストロフィーの時代の「居酒屋の風景」かもしれない。
田町に「北の酒蔵 駒八」という居酒屋がある。北海道・室蘭出身の創業者、八百坂仁さんは高円寺から田町に本店を移して23年になる。今では「酒蔵 駒八」を7店舗、立ち飲みや鮨屋など他業態や屋号の違う居酒屋を10店舗展開している。そのほどんどが田町駅周辺に集中している。いまだに「駒八本店」に立つ八百坂さんは、常連客から「おやじ」と慕われている。駒八の真髄は八百坂さん自身が筆をとった「酒は歴史とロマンを創る」にある。駒八にも没落した大手スーパーの創業者や居酒屋チェーンで上場した起業家たち、そして政治家や官僚も通い詰めた。
そんな多彩な客が通り過ぎて行った居酒屋の名店を率いる八百坂さんが、立ち飲み屋に付けた店名が「二合半」。「立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」ということわざから引用したという。人間はどんなに成功しても身の丈に合った行動しか出来ないという意味だ。「山高ければ谷深し」「満つれば欠くる」ともいう。居酒屋は人生の道場である。八百坂さんのような「居酒屋の原点」とも言える人は他に誰がいるのか。大手チェーン店の社長で現場に立っている人が何人いるだろうか。若手オーナーたちも居酒屋甲子園活動に浮かれて現場を忘れていないだろうか。「居酒屋」は歴史とロマンを創るのだ。





