編集長のつぶやき
【VOICE FROM EDITOR】2006-01-16
ぐるなびvsモック

飲食店販促支援事業でビッグサクセスした例といえば、「ぐるなび」と「モック」が2大巨頭である。
ともに上場を果たし、フードビジネス業界において大きな影響力を示している。ぐるなびは97年に鉄道広告会社の新規事業からスタート、当時経済記者だった私は帝国ホテルで開催されたぐるなび設立記者会見に顔を出していた。その頃、まさかWEBをつかったレストラン検索サイト事業がここまで成長するとは誰も思わなかっただろう。記者会見は淋しいものだった。
それがここ数年で急成長、業界トップの位置に躍り出たばかりか、今年の4月、念願の株式上場(大証ヘラクレス)を果たした。しかし、上場後の戦略が見えない。日経紙面をジャックし、「ぐるなび大賞」といった派手なパフォーマンスを打っているが、それは広告会社の原点に戻ったような迷走ぶりとしか思えない。その紙面には日本の有数のシェフや料理研究家が名を連ねる。多くのぐるなび加盟店に対する上場の“恩返し”がこれでいいのだろうか?
一方、モックは、今回のインタビュー記事にあるように、東京駅八重洲口の昭和5年に建った東京建物ビルの1階と地下1階に500坪のブライダルレストラン&バーを開業した。ぐるなびが誕生した97年に東京進出、「幹事さんいらっしゃい」などのレストラン向け宴会エージェントやウエディングプロデュース事業を展開、やはり急成長を遂げた。2002年秋にあおぞら銀行の投融資担当者が「レストラン支援事業でイチ押しの社長がいる」というので、山田 納生房氏に銀座の居酒屋で会ったことがある。その頃は「ラユンヌ」というインテリアショップを開業し、ブライダル事業の幅を広げようとしていた。
2003年4月にマザーズ上場を果たしてからは、飲食店ビルのプロデュース(日比谷「フードアパートメント」)や直営店(アニバーサリーダイニング「カノビアーノヴィレッタ」)展開に乗り出した。箱への投資はともかく、植竹シェフという「人」に目を付けたのが面白いと思った。今回はそのカノビアーノヴィレッタが「カノビアーノ東京」という名に変わり、東京建物ビルという「歴史」ある箱に移った。そして、地下のバーにはバーテンダー業界の革命児・北添さんという「人」を起用した。レストランやバーとしての評価はまだこれからだが、「歴史」と「人」へ投資するスタンスは評価してよいだろう。
それがここ数年で急成長、業界トップの位置に躍り出たばかりか、今年の4月、念願の株式上場(大証ヘラクレス)を果たした。しかし、上場後の戦略が見えない。日経紙面をジャックし、「ぐるなび大賞」といった派手なパフォーマンスを打っているが、それは広告会社の原点に戻ったような迷走ぶりとしか思えない。その紙面には日本の有数のシェフや料理研究家が名を連ねる。多くのぐるなび加盟店に対する上場の“恩返し”がこれでいいのだろうか?
一方、モックは、今回のインタビュー記事にあるように、東京駅八重洲口の昭和5年に建った東京建物ビルの1階と地下1階に500坪のブライダルレストラン&バーを開業した。ぐるなびが誕生した97年に東京進出、「幹事さんいらっしゃい」などのレストラン向け宴会エージェントやウエディングプロデュース事業を展開、やはり急成長を遂げた。2002年秋にあおぞら銀行の投融資担当者が「レストラン支援事業でイチ押しの社長がいる」というので、山田 納生房氏に銀座の居酒屋で会ったことがある。その頃は「ラユンヌ」というインテリアショップを開業し、ブライダル事業の幅を広げようとしていた。
2003年4月にマザーズ上場を果たしてからは、飲食店ビルのプロデュース(日比谷「フードアパートメント」)や直営店(アニバーサリーダイニング「カノビアーノヴィレッタ」)展開に乗り出した。箱への投資はともかく、植竹シェフという「人」に目を付けたのが面白いと思った。今回はそのカノビアーノヴィレッタが「カノビアーノ東京」という名に変わり、東京建物ビルという「歴史」ある箱に移った。そして、地下のバーにはバーテンダー業界の革命児・北添さんという「人」を起用した。レストランやバーとしての評価はまだこれからだが、「歴史」と「人」へ投資するスタンスは評価してよいだろう。





