編集長のつぶやき
“新宿戦争”にルミネエストが参戦!

5月30日、新宿ルミネエスト(旧マイシティ)7〜8階のレストラン街「SHUN-KAN」が「7&8DINNER(シチハチダイナー)」に変身、4店舗の新店がオープンした。ルミネがどう変えたのか、さっそくリサーチしてきた。
2002年11月に開業した「SHUN-KAN」は私にとって思い出深いレストラン街。25年ぶりの改装とあって、既存の地権者的なテナントに退店願うために、フロア全体を一つの“街”として開発、総合プロデューサーに店舗デザイン界の大御所、スーパーポテトの杉本貴志氏を起用した。各店舗のデザインは、森田恭通氏ら5人の著名デザイナーが担当。話題性のあるテナントを誘致したいマイシティ側から、当時『アリガット』編集長だった私がテナント説明会の基調講師に駆り出された。オープンしたときは、“東の丸ビルvs西のマイシティ”と騒がれたほどだった。
20店舗が入ったが、丸ビル並みの高単価客ターゲットの8階には杉本氏が自ら「KITCHIN SHUNJU」を出店、地権者でもあり株主でもあった伊勢丹系の伊勢丹プチモンド(出版社がよく打ち合わせに使っていた)はイタリア料理の“鉄人”、アルポルトの片岡護氏監修による「ペスケーリア ポルトアマーレ」に衣替え、際コーポレーションが高級中華「碧麗春」で挑戦、ほかにオイスターバー「GUNBO&OYSTER BAR」、江戸前寿司「鮨 竹山」が出た。その後、7階のカジュアルゾーンはまずまずの成績だったが、肝心の8階がかなり厳しかったようだ。
際の中島武社長も自身のブログでこう告白している。「杉本貴志さんの作ったフロアー。とても格好よいのだが、なぜか来客数は少ない。その中でも当社のチャイニーズ『碧麗春』はよくない。最初、ビル側から『新宿には2万円くらいとれるお客様が沢山いますから高級業態で』というお話。確かに新宿にはそのような方々がいるだろう。しかしここには来ない…」。マイシティ側には大きな危機意識があった。当時の担当者は私に「今回のSHUN-KANは背水の陣なのです。これを失敗したらルミネに吸収されてしまうから」と打ち明けてくれていた。それだけ肩に力が入り過ぎていた。その思い込みが8階の客層をミスリードする原因だったのかもしれない。
テナント指導が厳しいといわれるルミネによってマイシティが“落城”、「ルミネエスト」として生まれ変わったのは2006年4月1日。それ以来、物販の入れ替えなどで売上げは急上昇、二年をかけて徹底したテナント調査や教育を行なってきた結果、「SHUN-KAN」のシンボルだった「KITCHIN SHUNJU」と「ペスケーリア ポルトアマーレ」が退店することになった。まるで“A級戦犯”扱いだ(私も戦犯の一人だが)。際は生き残ったが、この春「碧麗春」は2分割して使い勝手のいい「新宿トンポ」「ドラゴン飯店」にリニューアル。おそらく「変えなきゃ出て行って」と迫られたに違いない。
そして5月30日に生まれ変わった7&8DINNER、退店した2店舗の跡にポトマックの「CONANA」、エーディーエモーションの「MOKU OLA Dexee Diner」、ジェリーフィッシュの「やきもんやSaute」、そしてストリクトリー・シアトルの「ラ・メゾンアンソレイユターブル」の4店舗が入ったのだ。地下鉄副都心線の新宿三丁目駅開通で盛り上がる駅東口の“新宿戦争”に参戦するためのミサイル第一弾だ。これらはいずれも、20代後半〜30代の“ルミネ族”の女性にターゲットを絞ったコンセプト。昨日は22時現在でとくにアッタの戸井田氏デザインの「MOKU OLA Dexee Diner」に人気集中、他店も8割の入りだった。
ルミネの強さとは何なのか。「ショップマスター研修」やテナント同士をベンチマークさせ競わせて相互のレベルアップを図る手法や、厳しいテナントスタッフへのCS教育はよく知られ、「ルミネに入れば強くなれる」という神話さえある。逆に言えば「テナントはオーケストラのコンダクターであるルミネの一奏者」でなければ続かない。昨日歩いたかぎりでは、リニューアル後の際の店舗は微妙、拡大となった「GUNBO&OYSTER BAR」も接客レベルが追いついていない。まだ手がついていない7階はこれから戦々恐々だろう。…でも、ホッとしたのは杉本氏が監修した環境デザインのエッセンスである昔の新宿をモチーフにした壁のデザインがそのまま残されていたこと。鬼のルミネにも仏の心か、優しさを感じた。いや、それとは逆に、世界的に名がある杉本氏にしてみれば、代表作の一つである「SHUN-KAN」を半端な形で残されるのは、忍び難いことなのかもしれない。
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【筆者プロフィール】
香川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本工業新聞記者、雑誌『プレジデント』10年の編集者生活を経て独立。1997年の金融不祥事発覚の突破口となった「野村證券総会屋利益供与事件(元社員の手記)」をスクープした『月刊BOSS』(編集長代理)など、数々の雑誌創刊に関わった後、2000年6月、飲食スタイルマガジン『ARIgATT』を創刊、vol.11まで編集長をつとめる。
その後、『東京カレンダー』編集顧問を経て、2002年10月、フジTVと提携し『MENUマガジン』を創刊、vol.3までエディトラルアドバイザー。2004年1月より業界系WEBニュースサイト「フードスタジアム」を自社で立ち上げ、編集長をつとめる。
現在、レストラン・フードビジネス専門のプロデュース&プロモーション会社の有限会社カシェットを運営。2004年 10月から日刊紙の「フジサンケイビジネスアイ」日曜版で「行列 のできる店 仕掛人」シリーズ連載執筆。その他、日本ショッピングセンター協会、東京商工会議所渋谷支部で「商業施設における魅力ある飲食テナント誘致」等のテーマで講演。『月刊店舗』2005年8月号から06年1月号まで「食トレンドの先読み術」連載。テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」で“隠れ家レストランの仕掛け人”として、プロデュースした神楽坂「art et vin HAP(アール・エ・ヴァン ハプ)」が取り上げられる。






